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【超入門】 フィールドジャケットとシェルパーカについて 〈13JKI00〉

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映画「プラトーン」から 地上部隊戦闘員たち

フライトジャケットが好評だったので、今回は代表的なフィールドジャケットシェルパーカについて、ご紹介しよう。

今やカジュアル・ファッションには欠かせないアイテムばかりだ・・・。

 

 M-43-2rm43-olv_p1-e1390172088507M-43 フィールドジャケット 

WWⅡ時代を代表するフィールドジャケットがM-43で、人気のM-65の原型とも言える。 ノルマンディー上陸以降の米国陸軍部隊にとって、M-41(M-43の前身モデル)では野戦戦闘服としては色々と能力不足であり、また冬季を迎えるにあたり欧州中・北部の寒冷な気候には不向きなことは明らかであった。そこで1944年秋になり、新型戦闘服テストの結果、新しいM-43が欧州戦線に支給され始めた。

1944年1月からイタリア戦線で実戦テストを受けてその結果が良好だったのだが、受け入れ側部隊の意向や空挺部隊などへの支給が優先されたことなどで、全部隊に行き渡るのは少々遅れたようだ。 M-41の後継タイプとして開発されたこのジャケットは、広い範囲の気象条件・温度帯での着用環境に対応する為に、重ね着を前提としたゆったりとした若干大きめのサイズが特徴的で、素材そのものの保温性ではなく、コットンサテン製のシェルとパイル地のライナーを重ね着することで空気の層を作り保温性を高める「レイヤー」方式を採用したのだが、以後これが世界的に野戦戦闘服のお手本となる。

M-43自体は、丈夫な緑がかかったオリーブドラブ(OD)色のコットンサテンで製造され、前タテや襟元の工夫により防風防寒性能が高い。また大きなポケットが両胸と腰部分に合わせて4つあり、それをフラップで止める形の大変機能的なモデルだ。

裾はM-41の反省から腰まで覆う身丈となり、ドローコードで調節しフィット性を高めている。シングルブレストの前合わせは6個のプラスチック製隠しボタンで閉じる方式。襟は通常は開襟着用だが、寒冷地ではボタンで喉元まで閉じることも出来る。肩にはショルダーストラップが付いていて、襟側をボタンで留め、袖口にはカフがあり袖丈は二つのボタンで調節が可能で温度調節や運動性に優れていた。また、裏地はコットンポプリン製だ。 寒い時は上述の通り、パイルライナーを重ね着する仕様で、M-43のライナーはジャケットに固定されているわけではなく、ただの重ね着。そしてM-43と後継モデルのM-50との比較だが、両者の外観は同一だがM-50にはジャケットの内側にライナー取付用のボタンが付いていた。つまりライナーをジャケケットに固定出来たのだ。

アイク32e3380e012c09e963b18ae8e165a741-150x150このフィールドジャケットで確立された「レイヤー」方式の発想は、なんと言っても現在のアウトドアー衣料の基本になっており、非常に重要な被服文化上での進歩であった。更に、M-43の基本デザインはWWⅡ以後も継承され、M-51、そしてM-65へと進化しながら続いていく。 ちなみに同時期に開発された短上着スタイルのM-44フィールドジャケット、通称「アイク・ジャケット」は単独での着用も当然可能だがM-43のインナーライナーとしても使用可能。アイゼンハウアー将軍が着用して有名になったあれ、である。

バンド251f9KB0u2RL._SL500_AA300_M-43の着用が観られる映画はたくさんあるが、ここではTV番組シリーズの「バンド オブ ブラザース」をお勧めする。WWⅡにおけるノルマンディー上陸前夜の敵中降下から終戦までの、米軍第101空挺師団のある中隊の苦闘と隊員達ちの絆(バンド)を描いた連作だ。スピルバーグとトム・ハンクスが製作総指揮を勤めていて、「プライベート・ライアン」で確立したリアルな戦闘シーンの描写が活かされている。特に行動する兵士の視点で撮影したスリリングな描写と、兆弾の乱れ飛ぶ表現がスゴイ。但し正確な考証としては、マーケット・ガーデン作戦あたり以降からがM-43の着用と考えられる。

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