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陸軍戦闘機『飛燕(ひえん)』再び!! 〈3JKI07〉

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日本陸軍 三式戦闘機『飛燕』

今月(2016年11月)19日、太平洋戦争中に岐阜県各務原市で製造されていた陸軍の三式戦闘機『飛燕(ひえん)』が修復作業を終えて、各務原市下切町にある『かかみがはら航空宇宙科学博物館』での展示・一般公開が開始された。

展示された機体は1944年頃に試験機として製造されたものを戦後、米軍が接収、後に日本航空協会に返還された唯一の現存機体。1986年から知覧特攻平和会館(鹿児島県南九州市)に収納されたいた。『かかみがはら航空宇宙科学博物館』を運営する各務原市が同機の展示を要望した結果、故郷へ錦を飾ることになった・・・。

 

修復作業は川崎重工業の航空宇宙カンパニーで実施され、航空機生産拠点の岐阜工場(各務原市)と戦争当時、発動機の製造を担当した明石工場(明石市)の社員合計30人が約2年をかけて完成させたという。また川崎重工業は数千万円の材料費などの負担もして、欠落していた操縦席の計器やラジエーター(熱交換器)等も復元した。ちなみに塗色は、製造当時の銀色アルミ合金削り出しの状態となっている。

現在、この『飛燕』の機体は本館に隣接する収蔵庫において、主翼やプロペラ、胴体などを分離した状態で15点に分けて展示されているが、全部を組み立てると全長約9メートルで幅約12メートルになるという。

『飛燕』は来年秋までこのまま公開(先行展示)の予定。またこの他、同収蔵庫にて飛行機の操縦を体験できるシミュレーターやH2ロケットのエンジンなど約20点を展示している。

博物館の本館は既にリニューアル工事が始まっていて休館中だが、全館がリニューアルオープンする2018年3月からは、この『飛燕』も組み立て済の機体として常設展示されるという。リニューアルが済むと、本館の展示面積は現在の1.7倍の約9,400平方メートルとなり、国内最大級の航空博物館となるといい、更にこのリニューアルに伴い愛称やロゴマークも募集するそうだ。

尚、開館は午前9時30分から午後4時30分までで、入館料は一般が300円、中学生以下は無料とのこと。毎週火曜日は休館である。

 

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1944年3月、台湾・松山飛行場に駐屯する第37教育飛行隊所属の三式戦一型甲(キ61-I甲)

三式戦闘機『飛燕』は、日本陸軍航空隊が太平洋戦争中に実戦投入した唯一の液冷式の単座戦闘機であり、1943年(昭和18年)に制式採用された。設計主務者は土井武夫、副主任は大和田信で、1942年から川崎重工業の前身であった川崎航空機の岐阜工場で各型合わせて約3,150機(後述の『五式戦』への改造機含む)が製造された。

日本陸軍は試作・計画名称に「キ○○」といった通し番号を使用したが、これは、昭和8年(1933年)に制定された陸軍機の試作名称で、キは機体を意味する。そして『飛燕』の試作名称であるキ番号は「キ61」であり、制式名称である「三式戦闘機」という呼称は皇紀2603年(1943年、昭和18年)10月9日に制式採用されたことに由来する。現地部隊での呼名には「三式戦」や「ロクイチ」、「キのロクイチ」、「ロクイチ戦」などがある。

また1945年1月16日付の朝日新聞の記事では、本土防空を担っていた飛行第244戦隊の活躍を報じた内容の中で、「その軽妙俊敏さは、あたかも青空を截って飛ぶ燕にも似ているところから『飛燕』と呼ぶことになった」としている。

 

その機体デザインは、液冷式エンジン装備機特有の空力学的に滑らかで細身な外観を持ち、陸海軍を合わせた日本軍機の中でも特出した優美さを誇っていたといって良い。そして7.2という高アスペクト比(翼の縦と横の長さの比率)を持つ細長い主翼を有したスタイルも独特であった。ちなみに、このアスペクト比が高いほど揚抗比(揚抗比の大きな翼は性能が良いとされる)が大きくなり翼に発生する誘導効力が小さくなるとされるが、米軍のP-51B型のアスペクト比は5.9、独軍 Bf109E型では6.0、我軍の零式艦上戦闘機は6.4であった。

更にキャノピー後部と胴体部が一体化した空力学的に有利なファストバック方式の採用が特徴的とされているが、この方式は空戦時の後方視界が制限されて見張り能力の低下に繋がると懸念された。そこで大戦末期(1944年12月以降)に生産された機体もしくは『五式戦闘機』に改造された機体については、涙滴型の風防に改められた。

だが最初に制式採用となったⅠ型甲は、最高速度・上昇力・旋回性の全ての比較項目において、同じDB601Aエンジン(ダイムラーベンツ製)を装備した独空軍のBf109E型を凌駕した。特に最大速度は590キロ超/時速を誇り、Bf109E型よりも20~30キロ以上も優速であった。更に航続距離は8時間以上であり、約3,200kmの飛行が可能であった。これは長大な航続距離で有名な海軍の零式艦上戦闘機に匹敵する飛行距離である。

本機の降下限界速度は850km/hであり、機体強度は非常に頑丈なものであった。尚、軽量化を強く追求した零式艦上戦闘機(52型以前)の機体は降下制限速度が670km/hであり、52型甲でも740km/hである。

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