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ヴィクトリア女王と鉄道の旅 〈17JKI24〉

LB&SCR B2型蒸気機関車 Class 213 “Bessemer” (古いポストカードより)

今月(9月)17日で放送を終えたジェナ・コールマン主演の『女王ヴィクトリア 愛に生きる』(NHK総合・放送終了)の中で取り上げられていたヴィクトリア女王が鉄道に乗るエピソードについて興味を持ちました。

驚くべきことはこの出来事が、我国に当てはめると江戸時代後期の出来事であることで、そこには当時の英国の機械技術の進歩や社会構造の先進性が伺えます。就きましては、この史実に関して簡単に調べてみましたので、以下にご紹介したいと思います。

 

英国において1820年代後半から急速に普及し始めた(馬ではなく蒸気機関車牽引の)鉄道なる陸上交通機関は、1840年代に入ると旅の方法として急速に主要なものになりつつありました。それは、ロンドンを起点として営業路線が全国各地に向かって延びていったことや、その安全性が広く一般に認知されていったことによります。

そして1842年6月13日のヴィクトリア女王の鉄道初乗りは、それらの状況を象徴する出来事に他なりません。この日、女王夫妻(ヴィクトリア女王と夫君のアルバート殿下)はウインザー離宮からロンドンへの帰路に鉄道を利用することとなり、離宮の最寄り駅であったスラウからロンドンのパディントン駅までグレート・ウエスタン鉄道(GWR)の御召し列車に乗車されたのです。

当時の週刊誌『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』によれば、極秘に準備が進められていた特別御召列車は、ご夫妻を乗せて正午にスラウ駅を発した後、12時25分にはロンドンのパディントン駅に到着しました。そして女王が御料車からホームへと降り立った時に、出迎えの臣民から沸き起こった歓呼の声は大変盛大なものであったと云います。もちろんそこには、無事の到着に対する安堵の意味もあったと思われ、それは当時の王室や貴族を中心とした上流階級の守旧派・保守層には、まだまだ最新の技術(テクノロジー)である鉄道に対する危惧や不信感が残っていたからでした。

またこの時、当該の御召し列車はスラウからパディントンまでの距離、18.5マイル(約29.8km)を25分で走り、これは平均時速にして44.5マイル(71.6km/h) となるので、当時としては結構な速さでしたが、女王はそのスピードを恐れることも無く、「この小旅行は素敵だった」との感想を残しておられます。

ところで、国王(女王)が利用するということは、鉄道が安心・安全な交通手段として国民に認知された証でもあったのでしょうが、実はこの頃、ヴィクトリア女王座乗の馬車に向けて銃が発砲される事件が連続して発生、警備当局は鉄道事故の危険性の方がまだ少ない、と判断したとの推測もある様です。

また因みに、1830年代の後半からの鉄道(への投資)ブームの影響で、この女王夫妻の小旅行の2年後である1844年における英国の鉄道路線延長は既に2,148マイル(約3,460km)となっており、1844年~1848年の間に議会から許可が下りた新線建設の距離数はなんと9,400マイル(約15,100km)に至ったのです。但し、その後暫くの拡充期間を経て小規模の民間地方鉄道の淘汰が進み、19世紀後半から20世紀初頭にかけて競合他社の買収などを通じて比較的大規模な少数の鉄道会社(“ビッグ・フォー”など)が生き残って、やがては国鉄として一本化(1948年)します。尚、現状の英国鉄道網は、10,300マイル(約16,500km)ほどの路線で構成されています。

 

さて、しかし女王はその後、鉄道の安全性に全幅の信頼を寄せることは能わず、生涯を通じて鉄道旅行をあまり好まなかったとも伝わり、またその結果、自らの乗車する列車の最高時速を40マイル(約64.4km/h) 以下に制限したともされています。

ところが皮肉なことに彼女が1901年に逝去された時、亡くなったワイト島の御用邸からその遺骸をロンドンへ移す為に特別列車が仕立てられましたが、出迎えの王族や貴賓者たちのスケジュールの都合で、女王の亡骸を載せた列車は大変急いで走ることになりました。

この時、車列を牽引していたロンドン・ブライトン・アンド・サウスコースト鉄道(LB&SCR)の2B型蒸気機関車54号『エンプレス(Empress)』(車輪配置4-4-0形)は、なんと時速80マイル(128km/h)で疾走、これは当時のスピード記録となったのです。

 

冒頭でも触れた様に、ビクトリア女王が初めて鉄道旅行をした1842年は我国では天保13年にあたり、なんと江戸時代後期で第12代将軍の徳川家慶の御代です。それを考えると、流石にすごいな日の沈まぬ大英帝国”という想いがひとしお!?。既に産業革命が充分に進行し、更に3,000km以上の鉄道網が国内に敷かれていたのですから…。

-終-

 

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