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【今日の気になる言葉】 メディア・アクティビスト 〈1647JKI37〉

皆さんは、ネットやテレビ等で活躍する津田大介氏をご存知だろうか? よく報道番組や情報系のバラエティに出演してはコメンテイターを務めている、そう、あの金髪のお兄さんだ!

実は筆者は、過去にこの津田さんとご一緒に仕事をしたこともあるのだが、最近になって彼の肩書が“メディア・アクティビストなるものだということを改めて知った。

だが恥ずかしながら、この言葉の意味をよく知らなかったので、今回はこの言葉を調べてみた結果を報告したい‥。

 

先ずは津田大介氏についての簡単なご紹介から。津田さんは1973年生まれで東京都北区の出身、早稲田大学社会科学部を卒業。現在の仕事を一言で表すと、ご自身の公式サイトでは“ジャーナリストで“メディア・アクティビスト”と名乗っておられる。

筆者が彼を知った当初は、“IT関連のライター”であるという認識が大きかったと記憶している。その後、ネットやコンテンツビジネス、特に著作権問題などに関わり、過度な著作権保護の動きに反対の姿勢を打ち出した活動を行う。またソーシャルメディアを活用した新しい形態のジャーナリズムを実践。以降、数多くのメディアや企業に関係し、大学などの教育機関でも客員の教授や講師として多くの教壇に立っていると聞く。更に現在では(冒頭でも述べた通りに)テレビやラジオの番組で、パーソナリティ・コメンテーターや司会者・解説者として起用されることが多数ある。

津田大介氏 画像

 

続いて“メディア・アクティビスト”についてだが、津田さん自身は『NIKKEI DESIGN』(日経BP社)のインタビュー記事で、「メディア・アクティビストって僕が生み出した言葉じゃなく、70年代や80年代の米国でそうした集団がいたんです。一部の金持ちとか特権階級がメディアを独占し、選ばれた人しか情報発信できなかったのに異を唱え、一般市民でも情報発信できるようにチャンネルをよこせと、当時普及し始めたケーブルテレビチャンネルを要求した集団がメディア・アクティビストでした。一人ひとりが情報発信することで社会がよくなるという考え方が根底にあったんですね‥‥」と話している。

また他のメディア(『ITmedia NEWS』)の取材には「(“メディア・アクティビストとは)市民がメディアを使い、市民のために報道する。それを自ら実践したり、市民に教えたりする人たちのことです。(自分は)2006年以降、明らかにアクティビストとしての活動が多くなっていた。メディアアクティビストが生まれたのは、米国のCATV文化からですけど、自分はソーシャルメディアという新しいメディアが隆盛している現在におけるメディアアクティビストだなと」とも答えている。

 

それこそネットで調べてみると、『マルチメディア・インターネット辞典』の当該項目が一番詳しくて、「1970年代から、米国ではパブリック・アクセスの権利が法律で保障され、どの地域にもあるCATVで、市民が自由に機材や設備などをほとんど無料で使えるチャンネルがあり、そのチャンネルを使って一般市民が家庭用ビデオカメラで撮った映像を一般市民の目として報道する行動を起こした市民運動家達の総称である‥‥(後略)」となっていた。

米国では、1990年代初頭に反戦運動家が中小のCATV網を活用して多くの反戦番組を自主制作・放映したことが切っ掛けになり“メディア・アクティビスト”の存在が注目され、市民権を得たと云う。

その後、インターネットとIT関連技術の急速な進歩により、個人が簡単に情報を発信出来る世の中となったことで、メジャーな報道機関が黙殺・無視して来た事案や状況に関しても、一市民レベルで広く社会に向けて問題提起が可能となって来た。

現在では、世界各国で多くの市民運動家らが自らの主義主張や取材内容をコンテンツ化し、自主メディア運動として誰もが見られる形で世間に公開・配信している。但しその根底には、有力メディアに対する不信感が根強く存在することを忘れてはならないし、彼らからはマスコミは信用出来ないものとされているのである。

但しこの為、一部には“メディア・アクティビスト”とは、ネット上を中心に市民運動を行う社会活動家の様な仕事だとの認識・意見もあることを添えておく。

また欧米では“メディア・アクティビスト”は、SNS等を活用した文章・画像投稿などを社会変革の為のツールとして情報発信やそのサポートに利用している者と理解されているが、こうしてみると筆者などからは、多くの人が“メディア・アクティビスト”化している現状を素直に受け入れることが大事に思えるのだが。

市民活動などと云う大袈裟なものではなくとも、誰もが自身の考えや想いをネットを介して簡単に発表出来る状況が現出しているし、現にそういった行動を起こしている人々が身の周りには沢山いるのだから‥‥。すなわち「一億総“メディア・アクティビスト”時代の到来」なのである。

 

筆者は Kijidasu! 上で記事を執筆する際に、イデオロギーや政治的な問題には立ち入らない様にしているので、津田氏のそういった分野での発言や行動には特にコメントする気はない。だがしかし行き過ぎた権利擁護・雁字がんじがら)の著作権保護政策が、コンテンツに関わる創造性の発展や流通の拡大を阻害しているとは感じることがある。

不当な権利侵害は当然乍ら決して認めてはいけない反面、極端にハードルを上げた制限を課すと、被著作権者である利用者にとって窮屈で息苦しい社会が到来し、少数の著作権者の絶大なる権限がその他を圧して、文明・文化を支配する構図となってしまうことを危惧する。

すなわち、何事にも多くの人々から支持を得られる常識的なバランスというものが大事であり、それは著作権保護政策にも必ず云えることなのだろうと思うのだが‥。

-終-

 

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