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懐かしの時刻表を「読む」その5 夜間飛行へようこそ〈17/38TFU03〉

haneda-14時刻表の巻末には飛行機の時刻表も掲載されています。鉄道マニアの筆者は、もちろん鉄道のページを「読んで」いますが、飛行機の時刻表も時々、目を通しています。そんな中、いつもの1966年の時刻表で実に興味深い航空便を発見しました。今回は番外編、飛行機の時刻について記事をとりあげてみたいと思います。

 

それは夜行列車の飛行機版とも言える「夜間飛行」、それも国内便です。つまり「夜行飛行機」といったところでしょうか。当時、日本航空が運行していました。まずは東京~札幌間を飛んでいた「オーロラ号」。下りは東京0:01発で札幌着2:10。上り便が札幌3:00発で東京5:10着。もうひとつは東京~福岡間を飛んでいた「ムーンライト号」。下りは東京1:40発で福岡4:20着。上りは福岡1:00発で東京3:30着。それぞれ通常は東京~札幌まで1時間10分の飛行時間を2時間10分、東京~福岡の飛行時間も通常1時間30分を2時間30分かけて飛行していました。

DC-6

夜行なので、あえて飛行速度を落として飛んでいたのかと思いきや、飛行機の機種について調べてみると、その違いがわかりました。 当時は日中はジェット機(ボーイング727やコンベアー880)が飛んでいましたが、夜間飛行にはプロペラのついているダグラス社のDC-6BやDC-7Cといった機種が使われていたのです。そしてこの両機とも、日本の航空機時代に名を残すような「名機」でした。DC-6Bは日本航空初の国際線に就航した(東京~ホノルル~サンフランシスコ)飛行機で、東京オリンピックの際にはギリシャのアテネから日本まで聖火を運んできたという名誉ある機種だったのです。 DC-7Cも国際線で利用され、機内の内装に日本では文化財級ともいえそうな贅沢な素材を使用していました。おまけに後部ラウンジは茶室風にアレンジされ、実に凝った作りだったようです。

ダグラスDC7そんな国際線時代の幕開けを担った飛行機達が、深夜の国内線に就航していた姿も哀愁を感じます。国内線の夜間飛行は、その後機種が国産のYS-11に変わり、1969年頃にはさらに大阪~東京便も加わって5往復体制にまでなりましたが、乗客数の減少や、夜間離発着禁止などの理由も重なって1974年を最後にその幕を閉じたのです。

 

偶然なのでしょうか、その時の名称である「オーロラ」は、現在は札幌から根室までの夜行バスに、「ムーンライト」は福岡から京都・大阪方面に向かう夜行バスに引き継がれています。

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One thought on “懐かしの時刻表を「読む」その5 夜間飛行へようこそ〈17/38TFU03〉”

  1. 秋枝隼人 says:

    6/12,13と、スミソニアンのウドバーと本館に行ってきました。
    レシプロエンジンの華、二重星型18気筒エンジンがあちこちに展示してありました。
    B-29もダブルワスプもグリフォンも創れなかった国民には、技術や工業力等の言葉が宙を舞って眩しかった。
    そんな中、悪友に捕まって夜行列車に乗り遅れ、当時あった深夜航空便ムーンライトの空席待ちに何とか引っかかり
    未だ軍用飛行場の色濃い伊丹空港を発って、翌日の東京(当時は未だ本社は大阪だった)支社での会議に間に合った。
    機材がDC-6B(レシプロ4発の振動の凄さとダンサーのお姐さん達と相乗りだったのを覚えている)だったがエンジンは?と
    確かめる途中、ここに立ち寄った。

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