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料理界のダ・ヴィンチ、『メッシスブーゴ』。 〈25JKI10〉

ブーゴ1d0097427_1513029レオナルド・ダ・ヴィンチと同時代を生きた“食の天才”、クリストフォロ・ダ・メッシスブーゴ Cristoforo da Messisbugo を、ご存知ですか?

美食の国イタリアの、ルネサンス期の食文化を創り上げたエステ家の宮廷料理長で、“料理界のダビンチ”といわれたメッシスブーゴを紹介します・・・。

 

現代の西洋料理の原型を創り上げたのが“食の天才”・“料理界のダ・ヴィンチ”と言われる、クリストフォロ・ダ・メッシスブーゴ Cristoforo da Messisbugo です。

イタリア北東部の都市国家(コムーネ)の一つがフェラーラです。領主のエステ家のもとで、有名なフィレンツェより以前にルネサンス文化が開花した街です。世界で初めて屋根の色の統一と建築物の高さ制限を実施したこの街は、「ヨーロッパ最初の近代都市」とも呼ばれました。 そのエステ家に仕えていた宮廷料理人が、メッシスブーゴです。
メッシスブーゴの生年月日は不明ですが、出身地はイタリアではなく、フランドル地方という説が有力です。16世紀の初頭に、フェッラーラのエステ家に宮廷料理人として仕えていたことは確実です。その後、フェッラーラの貴族の娘を嫁とし、晩餐会などの宴会のみならず、色々な行事を司る執事頭(スカルコ scalo)のような職務を担当して、エステ家の宮廷で頭角を表していきます。ついに伯爵の称号まで得ていますが、1548年に亡くなったといわれています。

 

当時のイタリアは群雄割拠、大小多くの国が乱立し戦乱の最中でした。当然、晩餐会は単なる宴会ではなく国と国の外交の舞台でもあり、敵対国から交渉相手の客を招くことも多く、自国の強さ・豊かさを相手国に見せつける場でもありました。
そこで、メッシスブーゴがプロデュースした晩餐会は、時には17回もフルコースが出される豪華なものだったそうです。それも、魚料理を中心にしたもので、内陸部の都市国家で新鮮な魚介類を多く出すことは豊かさの象徴でもあり、まさにエステ家の強大さをアピールしていました。

 

メッシスブーゴの食に関する多くの知識や経験に関して、彼の亡くなった翌年(1549年)には、そのメモや記録をまとめた本が出版されました。
『晩餐会(バンケッティ) Banchetti, compositioni di vivande, et apparecchio generale (晩餐会、料理の構成と食器・小道具一般について)』と名付けられたその本の内容には、彼の晩餐会で出された料理のレシピや、宴の進行とか余興の内容などが克明に記録されています。大変好評を博し、当時のベストセラーとなり、最終15版まで版を重ねました。またこの書籍には、料理や宴会に関することのみならす、賓客のもてなし方や受け入れ態勢、当時の貴族たちの行事やレジャー全般についての臣下の準備のあり方や行動指針が書かれています。

 

料理については、メッシスブーゴは、前菜に始まりデザートで終わるという現代のコース料理を最初に考案した人ともいわれています。また当時、以前には無かった新しい料理を多く考え出しました。例えば“卵入り米のサフラン風味(Riso con uova e zafferano)” のリゾットやラザニアの原型を作ったのも彼で、そのラザニアは、パスタ生地で包むことで中身をいつまでも温かく食べてもらう工夫だったそうです。なんと更に、欧州初のカカオを使ったデザートのチョコレートケーキやブドウの果汁を濃縮して作った調味料のバルサミコ酢も、彼が発明・考案しました。
そして彼は、当時極めて高価であった香辛料のコショウを多用したり、レモンやオレンジなどの柑橘系の植物を栽培して、その果実の皮や汁で味付けした魚料理を欧州中の宮廷に広めていきました。
またメッシスブーゴは料理にとどまらず、晩餐会などの行事の総合演出も担当しており、ハープやフルートが奏でる音楽、いわゆるBGMや、道化師による曲芸とか、出席者も参加するダンスや男女交代でサイコロを投げ入れるビンゴのようなゲームなどを考えました。そして、帰り際に渡す、招待客への(サプライズな)手土産までも準備していました。
彼は、現代のパーティに欠かせないトータルな演出までも創造した、晩餐会の総合プロデューサーだったのです。

 

メッシスブーゴについては、料理人であるとの印象が強いのですが、たぶん、日本でいう高家、吉良上野介みたいな人で、宮廷や王家・貴族に関する様々な典礼や行事についての知識や経験が豊富で、それを体系化した人物であったと思います。その天才ぶりは、決して同時代人のダ・ヴィンチに引けを取るものではありません。
 

彼のことを調べ、その足跡をたどることで、現代人の食のルーツまでが見えてくるような気がします。それこそ、西洋流の「おもてなし」の原点かも知れません。

-終-

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