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【神話探訪】 富士浅間信仰と木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ/ヒメ) 〈1386JKI27〉

コノハナ1konohananosakuyahime

木花咲耶姫

噴火の可能性が取り沙汰されている富士山ですが、彼(か)の地での信仰の対象は木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ/ヒメ)だそうです。

木花咲耶姫は、富士山を御神体としている富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)と、配下の日本国内約1,300社の浅間神社に祀られています。

ところで、木花咲耶姫って誰なんでしょうか? 改めて調べてみました・・・。

 

木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ/ヒメ、以下、サクヤ姫)は日本神話に登場する女神で、日向国に降臨した天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫である天孫・瓊瓊杵尊/邇邇芸命(以下、ニニギノミコト)の妻です。

『古事記』では木花之佐久夜毘売、『日本書紀』では木花開耶姫と表記されています。また、『古事記』では神阿多都比売(カムアタツヒメ)、『日本書紀』では鹿葦津姫/葦津姫(カヤツヒメ)が本名で、木花咲耶姫は別名とされています。

サクヤ姫は大山積神/大山津見神/大山祇神(以下、オオヤマツミ)の娘で、姉に石長比売/磐長姫(以下、イワナガ姫)がいました。また彼女の名前は、木の花(桜の花とされる)が咲くように美しい女性の意味とされています。

 

天孫降臨の後、ニニギノミコトはオオヤマツミの娘であるサクヤ姫と笠沙の岬で出逢い求婚すると、オオヤマツミは大変喜び、サクヤ姫とその姉のイワナガ姫を共にニニギノミコトの嫁に差し出します。

ところがニニギノミコトが容姿が醜いイワナガ姫だけを送り返してサクヤ姫とだけ結婚すると、オオヤマツミはそれを大いに怒り、「娘の二人をともに送ったのは、イワナガ姫を妻にすれば、天神の御子(ニニギノミコト)の命は岩のように永遠となり、サクヤ姫を妻にすれば木の花が咲くように繁栄するようにと誓約(うけひ)を立てたからで、イワナガ姫を送り返したことで、天孫とその御子の寿命は木の花のようにはかなく短くなるだろう」(「我之女二並立奉者有因 使石長姬者 天神御子之命雖雪零風吹 恆可如石而常堅不動坐 亦使木花之佐久夜姬者 如木花之榮榮坐 因立此誓者而使二女貢進 今汝令返石長姬而獨留木花之佐久夜姬 故今後天神御子之御壽者 將如木花之稍縱即逝矣」『古事記』)と告げました。

こうしてこの事が、天孫であるニニギノミコトとその子孫の歴代の天皇の寿命が、大変長寿の神々の様には長くない(一般の人間と同じ)理由とされているのです。

 

その後、木花咲耶姫は一夜で身篭りますが、天津神であるニニギノミコトは(自分の子ではなく他の)国津神の子ではないかと疑います。

サクヤ姫はその疑いを晴らす為、誓約(うけひ)をして戸口の無い産屋に籠り、「天津神であるニニギノミコトの本当の子ならば何があっても無事に産めるはずですから」と、その産屋に火を放ってその火中で三柱の子を無事産みました。

そして、火が盛んに燃えて照り輝いていた時に生まれた子を火照命/海幸彦(以下、ホデリ)、火の勢いが弱くなった時に生まれた子を火須勢理命(以下、ホスセリ)、火が消えてから生まれた子を火遠理命/山幸彦(以下、ホオリ)と名付けました。尚、ホデリとホオリは、海幸彦と山幸彦の神話で有名。またホオリは、神武天皇(初代の天皇)の祖父に当たる人物です。

 

富士山はしばしば噴火を起こして周辺に住む人々に被害を与えてきました。そこで噴火などを抑えるために、木花咲耶姫を祀ることで鎮めようとしたとされています。

浅間神社の祭神がサクヤ姫となった経緯としては、前述の火中出産の神話から、彼女は火の神とされ、全国の山々を統べる父のオオヤマツミから、日本一の秀峰である火山「富士山」を譲られます。そして富士山に鎮座して祀られることで、東日本全域を守護する神となりました。

しかし、富士山本宮浅間大社の社伝では、火を鎮める水の神として、噴火を鎮める為に富士山に祀られたとされています。しかし、いつ頃から富士山の祭神がサクヤ姫とされるようになったかは明らかではなく、江戸時代以降との説も有力です。(中世以前の富士山の祭神は「富士権現」や「浅間台菩薩」、もしくは「大日如来」または一部で「かぐや姫」に関連したものなどの諸説あり)

多くの浅間神社の中には、サクヤ姫の父神であるオオヤマツミや、姉であるイワナガ姫を主祭神とする浅間神社もあるのです。

また、この火中出産の説話から、サクヤ姫は妻の守護神・安産の神・子育ての神とされており、また桜の木をご神木としています。

更にホオリらが産まれた時に、大いに喜んだオオヤマツミが狭名田の茂穂を使って、現在の甘酒のルーツとされる天舐酒(アマノタムケザケ)を造ったとの説話があります。

この説話から、オオヤマツミは酒解神(サカトケノカミ)、サクヤ姫は酒解子神(サカトケコノカミ)と呼ばれて、酒造の神ともされています。

 

少々視点を変えた考察としては、当時、現在の九州南部地域を支配下に置いていた隼人(ハヤト)族(ポリネシア系縄文人)の王が、オオヤマツミということになります。

また古事記には木花咲耶姫には「カムアタン」の別称があり、カムアタンのアイヌ語訳は「今座る神」、つまり現人神(あらひとがみ)なのです。

そして現人神「カムアタン」は、隼人族の出身で「その首領の娘」と言う意味を持ち、「アタン」はポリネシア系縄文人が薩摩隼人として定着した薩摩国阿多郡阿多郷の事であるとされているのです。

つまりサクヤ姫は、大和(ヤマト)朝廷が日本列島を征服する過程で従属させた先住民族の一つである隼人族の王/有力者の娘だったのです。

隼人族は、天皇家の祖先よりも先に、海の道を通じて南方から日本列島にやって来た海洋民族なのでした。またサクヤ姫の長男であるホデリも、隼人族の阿多君の祖神とされています。

 

とにかく、富士山の怒りを鎮めてくだされば有難いのですが・・・。
何とかサクヤ姫に、頑張って頂きたいものです!!
-終-

 

 

 

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One thought on “【神話探訪】 富士浅間信仰と木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ/ヒメ) 〈1386JKI27〉”

  1. YUSHIMA says:

    サクヤ姫に祈りを捧げるために、ガイド役の御師の存在も忘れてはならない。

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