Browse By

【国鉄昭和五大事故 -3】 洞爺丸事故 (前編) 〈1031JKI51〉

20時30分頃~20時50分

その後、車両甲板上へと流入する海水量の増加と船体の動揺により、20時30分頃には作業員(乗員)の甲板上からの引上げを余儀なくされる。開口部からの機関室、缶室等へ浸水が始まったことで左舷発電機が停止し、左舷主機械に異常振動があり一旦直ちに停止させたが、原因不明のまま5分後には船位維持の為に再び起動させた。

そして20時50分、北西に転針を試みるが、21時過ぎになると開口部から機関室や缶室などへの浸水は一段と進み、船体動揺激しく発電機が次々に運転不能となると共に船底のビルジ(流入して溜まった海水等)の排水も充分に出来なくなる。

 

21時~21時30分頃

21時過ぎに左舷側への傾斜が増大し、トリミング・ポンプ(船首尾の喫水差/トリムを調整する為に、船首尾内の水槽へ海水を注排水するポンプ)の操作も空しく、走錨の度合も早くなっていく。甲板上の浸水は船首側で0.3メートルにもなり、船尾はほとんど海面下に没し、同甲板の両舷側にある通路にまで水密扉の間隙から海水が浸入するようになる。

21時38分、葛登支岬灯台をかすかに視認で出来た為、再び平館海峡へ向かうこととし、南西に転針する。21時40分頃には、船体は左舷に20度ほど傾斜し、21時50分頃には左舷循環水ポンプを駆動する電動機がビルジに浸かり短絡して停止してしまい、この影響で左舷主機械も停止してしまった。

 

22時00分頃~22時15分頃

その後、22時頃から船体の傾きは右舷側へと変わり、22時05分には右舷循環水ポンプを駆動する電動機がビルジに浸かり停止して、これにより右舷主機械も運転不能となった。この時点で焚火可能なボイラーは、1、2号缶のみであり、右舷発電機運転継続のため、この2缶の蒸気圧を保持した上で機関員は退避した。

こうして両舷主機が停止したことで操船の自由を失った洞爺丸の近藤船長は、沈没を避ける為に遠浅の砂浜である七重浜への座礁を決め、22時12分頃、「機関故障により航行不能となったため七重浜に座礁する」と乗客にアナウンスが流れた。そして22時15分頃、遂に近藤平市船長は旅客に救命胴衣を着用させる様にと、事務長に対して命じた。

 

22時26分頃

洞爺丸は両舷主機械停止以後は操船不能となり、船位を全く維持出来なくなった。22時26分頃、海岸から数百メートルの函館港第三防波堤灯(燈)柱近くの地点(267度、距岸約0.6海里、水深12.4メートルの底質砂)において、後部船尾が3回ばかり軽く海底に底触して遂に船は座礁する。

船体は右舷に45度傾斜し乗組員は座礁によって転覆の危険は回避されたと考え、乗客にもその旨アナウンスしたが、実際は船体が安定せず波浪の来襲する毎に右傾斜を増していった。当然ながら積載の重量物、例えば緊締具の切れた貨車などが大音響を発しながら横転するなどして重量バランスが更に崩れ、船体の傾斜に拍車を掛ける。

その後も船体は右舷に傾斜を続け、船首も次第に風圧で右転、全体が右舷側に流され、やがて船体は陸岸と平行とになり、左側面から大波を受ける形となった。

座礁の報告を受けて青函局は救難本部の設置し、曳船4隻(いずれも150トン程度)を現場に向わせるが、波浪が激しくて洞爺丸には近づけなかった。

次のページへ》  

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。