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【国鉄昭和五大事故 -4】 鶴見事故 〈1031JKI51〉

事故の犠牲者・後日談

事故の犠牲者等や関連する逸話については、既に多くの記事・史料に述べられているので重複することになろうが、一応、この項にて記載しておくものとする。

鶴見事故を題材としたTBS製作のTVドキュメンタリー番組『カメラルポルタージュ ひとり帰ってこなかった』が有名。この事故で犠牲となったある男性サラリーマンに焦点を当てた物語で、悲劇に遭遇したこの男性の母親と婚約者である女性を通して、未曾有の鉄道事故を描いた。

下り2113S列車(電車)には、偶然にTBSアナウンサーの吉川久夫が仕事先から帰宅の為に乗車しており、事故発生直後に現場近くのクリーニング店に駆け込んだ。その後、TBSに事故の第一報を入れて、吉川本人が現場から中継リポートを行った。

※吉川久夫は、昭和34年(1959年)6月25日の日本プロ野球初の天覧試合(後楽園球場の読売ジャイアンツ対大阪タイガース戦)でラジオ実況を担当したTBSアナウンサーで、2001年7月に亡くなった。

横浜市立大学の学長で日本科学史学会会長を歴任した哲学者の三枝博音も、この事故の犠牲になった。三枝はこの日、日本学術会議講堂で開かれたシンポジウムの司会を務め、下り2113S列車(電車)で鎌倉の自宅へ帰る途中だった。

※三枝博音(さいぐさ ひろと)は、明治25年(1892年)5月20日に広島県で生まれた東大卒の哲学者。 思想史の他に科学史や技術史についての著作も多く、その代表的な著書には『技術史』・『三浦梅園の哲学』・『日本に於ける哲学的観念論の発達史』等がある。また『日本哲学全書』や『日本科学古典全書』などを編集した。

他の犠牲者には、第5次南極観測隊隊員だった松川義雄や松竹歌劇団(SKD)の団員・千早みゆきや関由利がいた。また、女優・樹木希林の実父・中谷襄水も負傷している。

※松川義雄は、第5次越冬隊のメンバーで担当は機械部門、当時の所属はいすず自動車㈱であった。

※中谷襄水は、錦心流の薩摩琵琶奏者であった。

事故発生当時、NETテレビ(現在のテレビ朝日)で米国製のTVドラマ『ハワイアン・アイ』が放映されており、近所の住民の多くが当該番組を視聴していたことから、事故捜査を行った警察当局の事情聴取に際して、ほぼ全員が事故発生の時刻を明確に証言することになったと云う。またTBSでも『ルーシー・ショー』(日本語タイトル)が放送されていた関係から、後の検証により2365貨物列車が定刻より約4分遅れで運行していたことが判明した。

※TVドラマ『ハワイアン・アイ』の原題は“Hawaiian Eye”。主演はロバート・コンラッドで、1959年~1963年にかけて米国ABC系列で放映された。内容はハワイ・ホノルルを舞台にした探偵アクションである。

※『ザ・ルーシー・ショー(The Lucy Show)』は、1962年~1968年にかけて米国のCBS系列で放映されたテレビ番組で、シチュエーション・コメディの人気作。主役のルーシーを演じるのは女優のルシル・ボール。

また事故現場付近の住民によると、鶴見事故が起きた時、「ゴ-ン」という大音響と共に地響きがしたと伝わる。そして沢山の悲鳴も聞こえて、まさしく阿鼻叫喚、さながら地獄絵図の様であったと云う。間もなく警察や救急チームも駆け付けて負傷者の手当てを行い、サイレンが鳴り響く中を地元の人々も血まみれになってそれを手伝ったとされる。

現在でも、事故現場に近い鶴見区岸谷1丁目の線路沿いに五輪供養塔慰霊碑がある。事故当時、犠牲者の遺体の一部は緊急措置として事故現場に近い總持寺に運ばれた。遺体の一時安置所とされた「百間廊下」では、現在でも毎日2回にわたり供養の為に廊下を雑巾がけする際に二つの如雨露(じょうろ)を使って、長い水の線を二本引いて線路状に撒く形の水供養が行われている。

※總持寺の正式名は、「諸嶽山總持寺」といい横浜市鶴見区鶴見二丁目にある曹洞宗大本山である。本尊は釈迦如来で、境内では付属の鶴見大学を経営している。この寺院には鶴見事故の161名の犠牲者氏名が刻まれた慰霊碑があるが、【国鉄昭和五大事故】のひとつに数えられる桜木町火災事故の慰霊碑も同じ敷地内に建立されている。

更に平成25年(2013年)には、鶴見事故から50年を迎えたJR東日本が鶴見事故のジオラマを製作して、JR東日本横浜支社でこの事故のジオラマを展示したという。

 

次回はいよいよ【国鉄昭和五大事故】の最終回として紫雲丸事故を取り扱いたい。どんなに科学技術が発達しても、何時の世にも事故・災害は絶えない。我々は、これらの不幸な過去の事例を他山の石として常々反省し検証しながら、その尊い犠牲から得られた教訓を未来に活かしていかなければならないのだ・・・。

-終-

 

昭和38年のニュース「鶴見事故」より

余談だが、記事冒頭で述べた通り鶴見事故は、奇しくも日本史上最悪の炭鉱事故・三井三池炭鉱の炭塵爆発事故と同じ日に起きている。おかげでこの1963年11月9日のことは「魔の土曜日」とか「血塗られた土曜日」とか呼ばれたらしい。

また、11月9日というのは今では『119番の日』とされている。これは1987年に消防庁が制定したもので、この日から11月15日までの1週間は「秋の全国火災予防運動」が行われるのである。但し、119番ダイヤルが定められたのは戦前のことであるが・・・。

【国鉄昭和五大事故 -1】 桜木町事故・・・はこちらから

【国鉄昭和五大事故 -2】 三河島事故・・・はこちらから

【国鉄昭和五大事故 -3】 洞爺丸事故 (前編)・・・はこちらから

【国鉄昭和五大事故 -3】 洞爺丸事故 (中編)・・・はこちらから

【国鉄昭和五大事故 -3】 洞爺丸事故 (後編)・・・はこちらから

【国鉄昭和五大事故 -5】 紫雲丸事故・・・はこちらから

関連記事はこちらから ⇒ 【国鉄三大怪事件 -1】下山事件の謎 第1回

 

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