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【ライバル対決】 独軍 ハノマーク Sd.Kfz. 251 vs 米軍 M3 ハーフトラック 〈3JKI07〉

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東部戦線でのSd.Kfz. 251、最前線におけるその全体像を良く捉えている写真の1枚

ライバル対決シリーズ 《武器・兵器 WWⅡ編》の第1回目は、ハーフトラック(半装軌車)を取り上げる。

ハーフトラックとは、前輪がタイヤ装備、後部がキャタピラ駆動という独特のスタイルの車両だが、全車輪式の車両に比べて明らかに路外走行性能が優れており、一方、キャタピラのみの全装軌式車両よりは不整地走行能力は劣ってはいるが、平均的に速度も速く製作コストも安価で、また保守・メンテも容易であった。

W.W.Ⅱ(第二次世界大戦)における軍用ハーフトラックは、フランスで製作されたシトロエン社の『ケグレス式ハーフトラック』の影響を受けたものが多く、1930年代後半にはそれらに装甲防御を施して、戦闘の最中でも兵員の輸送が可能な装甲兵員輸送車が開発されていく・・・。

それでは、特にライバル関係にあった代表的なドイツとアメリカのハーフトラック、『ハノマーク Sd.Kfz. 251』と『M3 ハーフトラック』を比較していこう。

 

ハノマーク Sd.Kfz. 251

ドイツでは1933年にハーフトラックの開発が始まり、1935年頃には装甲化した兵員輸送車の開発に着手していたとされる。それは、当時のドイツ陸軍の戦略思考の中心となりつつあった、戦車部隊を中核にした装甲部隊の研究と機動装甲(機甲)兵器の開発に関連して、戦車部隊に随伴する歩兵部隊を搬送する装甲兵員輸送車の開発が希求されたからである。

そんな中、『Sd.Kfz. 251』は、ドイツのハノマーク社の火砲牽引用 3t ハーフトラック(『Sd.kfz. 11』)を基本に、1936年からハノマーク社と車体製作を担当するビュッシンクAG社が開発を始めた中型の装甲兵員輸送車の制式番号である。1938年には試作車両が完成し、翌1939年には正式に採用された。

【Sd.Kfz. 251 要目(A・B・C型)】
・全長5.80m、・全幅2.10m、・全高1.75m、・全備重量7.81トン、・乗員2名、・搭載兵員10名

・マイバッハHL42TUKRM直列6気筒液冷ガソリンエンジン

・最大出力100hp/2.800rpm、・最大速度53km/h、・航続距離300km

・武装7.92mm機関銃MG34×2、・装甲9~14.5mm

 

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SdKfz 251/1 A型、比較的戦争初期と思われるが撮影地・撮影時期は不明

ビュッシンクAG社が防御性を重んじた結果、車体上部は傾斜装甲の多面体で構成され、その独特のデザイン・スタイルは良好な耐被弾性を有したが、当時はまだ、歩兵の乗車戦闘という戦術概念が無かった為に、戦闘に向けて素早く搭乗の歩兵が飛び出せる様に、車体は低く上面は開放式となっている。だが車体後部には大型の観音扉が装着され、ここからの歩兵の乗降も想定されていた。

またハノマーク社の走行装置は少々複雑なもので、操縦手がハンドルを回すと最初は前輪のみが反応し、15度以上旋回すると自動的に旋回内側のキャタピラ(履帯)に制動がかかり急角度での旋回が可能となる仕組みであった。更にキャタピラ連結部分のベアリングにもグリースが注入されており、キャタピラの動きが大いに円滑化されていた。

しかしこの様な構造の為、他の車輪式の車両などに比べて故障も多くその整備・運用にははるかに手間と補充部品を要したとされる。更に、前輪に駆動力が無いのとエンジン出力でM3より劣るため、不整地・泥濘地での機動性では劣っており、複雑・高価な割には完全に高性能とは言い難い面もあった。泥濘の東部戦線では、バック(逆行、キャタピラ部分を前)で前進したとの笑えない話もある。

尚、『Sd.Kfz. 251』は、1939年6月から生産開始された旧型3種(A/B/C型)と、製造工数を減らす目的で形状が簡素化された1943年9月以降に生産された新型(D型)に分けられる。また細部のバリエーションは豊富であり、主なものでも下記の様な種類がある。

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20mm機関砲(2cmFlak)を搭載したSd.Kfz. 251/17 D型

先ず251/1が基本形の装甲兵員輸送車型であり、兵員10名を輸送可能。一般的に機関銃を搭載している。/2は迫撃砲搭載の重装備車両。/3が無線機搭載の指揮車両であるが、搭載する無線機の種類でバリエーションが発生。/4は7.5 cm leIG 18 歩兵砲牽引用車両。/5は戦闘工兵部隊用の装甲兵員輸送車。/6は上級士官用の無線機搭載指揮車でエニグマ暗号機も搭載していたとされる。

251/7は工兵部隊用装甲兵員輸送車である/5の発展型であり、突撃橋を装備している。/8は野戦救急車である。/9は7.5 cm KwK 37 対戦車砲搭載車両だが搭載方法により前期型と後期型がある。/10は3.7 cm PaK 36対戦車砲搭載型で小隊長用車両としても使われた。また対戦車砲の防盾がそのままのものと、小型化したものがある。

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SdKfz. 251/6 B型、上級指揮官用の車両

251/11は電話線敷設車。/12が砲兵隊用観測車両で方位や距離の観測機材を搭載していた。/13は砲兵隊用の聴音車両。/14も砲兵隊用の音響測定車両で音波測定により測距を実行した。/15は砲兵隊用の発射光測定車または投光車。/16は火炎放射器を搭載した車両。/17は2cm KwK 38を搭載した小型砲塔をもつ歩兵戦闘車とされている。/18は砲兵部隊用の観測・指揮車両。/19が移動電話交換車両。

251/20は赤外線照射灯搭載型で通称「ウーフー」という。/21は3連装対空機関砲(15mm MG 151または2cm MG 151/20)を搭載したもの。/22は7.5cm PaK 40対戦車砲搭載のタイプ。/23は2cm KwK 38を搭載した偵察車だが、かつては同型の砲を搭載した251/17と混同されていたが、異なる偵察装甲車用砲塔を装備している別の形式。

こうして、戦闘中の歩兵の搬送以外にも、工兵や砲兵、通信、偵察などあらゆる兵科で汎用の軍用車両として使用された251シリーズの総生産台数は、合計で15,252 両にも上ったと言われるが、それでもドイツ軍前線部隊の要求を満たすには圧倒的に数量が足りなかった。

またその活躍により、「電撃戦」の立役者の一員として各国の同種の車両の開発や運用に大きな影響を与えた傑作車両となったのだ。

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