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【ライバル対決】 独軍 ハノマーク Sd.Kfz. 251 vs 米軍 M3 ハーフトラック 〈3JKI07〉

M3 ハーフトラック

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M3A1 ハーフトラック

『M3 ハーフトラック』は、W.W.Ⅱにおけるアメリカ軍の兵員輸送用の装甲半装軌車である。

アメリカ陸軍は1920年代の半ばから半装軌車に注目し、『ケグレス式ハーフトラック』を複数台購入しては試験走行を繰り返していたという。その結果、半装軌車の性能を認めて国産ハーフトラックの開発に着手、カニンガム社に製作を命じた。

以降、カニンガム社のハーフトラックは、1933年には『M1 ハーフトラック』として制式採用される。その後、1940年になり兵員輸送や火砲牽引用の車両として『M2 ハーフトラック』が採用され、同時に兵員輸送中心の『M3 ハーフトラック』も制式化されている。

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M2 ハーフトラック、(1942年)米軍基地フォート・ベニングにて

M2は、機甲部隊所属の砲兵の要求で火砲の牽引と弾薬運搬に使用されることが主な目的であった為に、兵員室内に多くの弾薬収納箱を備え、また兵員は操縦室左右側面ドアからの乗降としていたが、M3は兵員輸送に力点を置いており、車体自体を延長(ロングボディ化)して弾薬収納箱を廃し搭載・輸送人員を増加、兵員乗降扉は車体後ろに設けている。

M2 は1940年からオートカー社で生産が開始されたが、大量生産を行う為、M3 と共にホワイト・モーター社やダイヤモンドTモーター社でも併行して製造が実施された。

またM2・M3シリーズも『Sd.Kfz. 251』と同様に、基本形の装甲兵員輸送車タイプをベースにして、対戦車自走砲や対空自走砲、自走迫撃砲などの各種派生型があり、総計で53,813両(兵員輸送型及び牽引型が39,436両、派生型が14,377両)が生産されたとされる。

【M3 ハーフトラック 要目(M3A1)】
全長6.341m、全幅2.223m、全高2.692m、全備重量9.299トン、乗員3名、搭載兵員10名

ホワイト160AX4ストローク直列6気筒液冷ガソリンエンジン

最大出力147hp/3.000rpm、最大速度72.42km/h、航続距離322km

武装12.7mm重機関銃M2×1・7.62mm機関銃M1919A4×1、装甲6.35~12.7mm

 

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派生型のM21 MMC 81mm自走迫撃砲(1944年撮影)

M2・M3のシリーズには、先ず兄貴分のM2/M2A1がある。前述の通りに105mm榴弾砲等の火砲牽引用に開発され、後部兵員室が短いのが特徴である。後に機銃の取り付け部分をM49リングマウントに変更したA1型が登場する。次にM3/M3A1だが、これはM2をベースに、歩兵輸送用に後部兵員室の延長と弾薬箱廃止による容積増加が図られ、乗員は合計13名に増えている。機銃用の移動レールは無くなり、後部兵員室中央にマウント支柱が設けられた。後に、やはりM49リングマウントを増設したA1型に移行。つづいてM3A2は、M2とM3の車体共用を狙った試作車だが、制式採用されながらも結局は生産されなかった。

M5/M5A1は、M3のレンドリース用簡易生産型。装甲方式が簡易化され耐弾性は低下した。またM9/M9A1は、M2のレンドリース用簡易生産型で車体はM5と共通である。ちなみにここでの「レンドリース」とは、武器貸与法に基づいて(1941年~45年にかけて)アメリカから他の連合国(イギリスやソ連、中国など)に大量の武器や軍需物資を供給した事を指す言葉である。

さて、この『M3 ハーフトラック』は、1942年の北アフリカ上陸(トーチ)作戦から実戦に登場したが、兵員室の上空間が開放されているオープントップ仕様であった為に、上空で炸裂する砲弾に対して乗員が無防備であり、側面や後面上部に「あおり」(トラックなどの側面や後面にある可動する壁面で、荷物の積載時などには開く構造)部分が無いことで手榴弾等の投擲兵器による攻撃にも弱かった。

そしてそれ以上に大きな問題は、その装甲がドイツ軍の小銃弾(7.92x33mm弾など)に対する防御でも不十分であり、兵員室の側面等は簡単に貫通されたという。この様にM3 の防御力の脆弱さは伝説的であったが、これらの欠点は製造が打ち切られる最後まで改良されることは無かった。

但し、製造コストの低さや車両としての走行性や整備の簡単さはM3 がはるかに優れていた。特にその最大速度は装輪装甲車に匹敵する高性能であり、路上では72km/h以上の最大速度を発揮して『Sd.Kfz. 251』を20km/hも凌駕していた。つまり『M3 ハーフトラック』は、『Sd.Kfz. 251』よりも使い易い実用性と機動力に優れていたと云えよう。

また、戦後は急速にその役目を全装軌式の装甲兵員輸送車に譲ることとなるが、連合国各国で余剰となった『M3 ハーフトラック』やそのシリーズ派生型は、友好国に供与され一線での使用が続けられた。日本の陸上自衛隊に供与された中でも『M15A1 自走対空砲』にいたっては、1990年まで実戦部隊に配備されていた。

 

M3 と251、どうしてもどちらかを選べと言われたら、個人的には『ハノマーク Sd.Kfz. 251』ということになるだろう。あの独特のフォルムとあえて複雑な構造の走行装置を選んだゲルマン魂の発露は捨てがたいからだが、客観的な性能の優劣で比較した場合でも、やはり装甲と名がつく車両であれば、せめて小銃弾くらいは防げなくては搭乗の兵員が可哀想である。また実際には甲乙付け難いというか、双方ともに一長一短があるのだけれども、総合的な判定としては、やはり251が一枚上手であると思うのだ・・・。

-終-

【追記】
余談ながら『ハノマーク Sd.Kfz. 251』に軍配を上げるという選択は、(純粋の性能差はともかく)量産志向で画一的なアメリカ軍の兵器よりも、ドイツ軍の個性的な兵器に魅力を感じる人(変わり種・ゲテモノ好きとも)には無条件で賛同を得るものだと思えるが、如何だろうか・・・。しかし、独創性と個別の質の高さだけでは圧倒的な物量にまさる連合軍に勝利することは出来なかったのである。このことは、今後のライバル対決シリーズ 《武器・兵器 WWⅡ編》で幾度となく繰り返されて指摘されることになるだろう。

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