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【太平洋戦争】 優駿 日本海軍 巡洋艦物語!! 第1回 重巡洋艦 『鳥海』 -前編-  〈3JKI00〉

同7日夕刻、(三川)突入艦隊は対潜防御の乙字航行を行いながらセントジョ-ジ海峡を南下、日没後には夜間警戒航行序列をとった。そして翌8日04時頃、ブーゲンビル島の北東域で『鳥海』他の重巡から4機の水偵を送り出した。08時26分、(三川)突入艦隊の上空に米軍の哨戒機(ロッキード・ハドソン)が現れて敵艦隊発見の報告を打電するが、米軍側はその目的地を誤認してしまう。

翌8日09時10分、水偵による偵察結果から、三川はガダルカナル泊地への突入を決断した。その後の11時頃、(三川)突入艦隊は26ノットに増速してソロモン諸島のガダルカナル島とサボ島との間の水路に進攻した。

8日16時42分、旗艦『鳥海』のマストに「・・・夜戦ニ於イテ必勝ヲ期シ突入セントス・・・」という司令長官訓辞の信号旗が掲揚された。

20時30分頃、連合軍側では連絡会議の為、各部隊の指揮官が輸送船『マコーレー』に集合していたが、このことは一部の米軍重巡戦隊には伝わっていなかったとされ、この事は後に指揮系統の混乱が生じる原因となる。

22時40分、(三川)突入艦隊には総員戦闘配置が発令され、26ノットのスピードでいよいよガダルカナル泊地方面に向けてた突入が開始されようとしていた。

22時43分、旗艦『鳥海』は右舷20度、約9,000メートル地点に敵駆逐艦(『ブルー』)を発見。そこで『鳥海』は砲撃準備を行いながら左へ20度変針した。その後(22時50分頃)、左舷側にも駆逐艦(『ラルフ・タルボット』)を発見したが、この敵艦もやがて遠ざかっていった。こうして2隻のレーダー装備の前衛警戒艦に見つからずに艦隊は進撃を続けた。

23時30分にはサボ島の南岸を通過し、遂に三川は艦隊の各艦に「全軍突撃セヨ」を命じた。この時点で(三川)突入艦隊は、旗艦『鳥海』を先頭にした単縦陣(『鳥海』・『青葉』・『加古』・『衣笠』・『古鷹』・『天龍』・『夕張』・『夕凪』の順)である。

キャンベラ101 Damaged_HMS_Canberra-Savo_Island-9Jun42

炎上する『キャンベラ』を救出する『ブルー』と『パターソン』 (1942年8月9日)

その直後に『鳥海』が左舷に駆逐艦『ジャービス』を発見し、雷撃するが外してしまう。次に今度は右舷約9,000メートルに敵艦艇を発見するが、それは豪重巡『キャンベラ』と米重巡『シカゴ』に駆逐艦の『パターソン』、『バークレー』の部隊であった。『鳥海』は距離3,700メートルまで近づいたところで、魚雷を発射し主砲での攻撃も開始したが、その魚雷の内2本が『キャンベラ』に命中する。その後の『キャンベラ』には、他の日本軍重巡からの砲撃も命中し機関室を破壊、大火災を発生させた。(06時30分頃、味方により処分)

そして(三川)突入艦隊は『キャンベラ』に後続していた『シカゴ』にも砲雷撃を行い、数弾の砲弾と魚雷1本を命中させるが取り逃がしてしまう。またその後、火災に包まれ漂流して来た『キャンベラ』を避ける為に慌てて左へと転舵した5番艦『古鷹』と後続の『天龍』・『夕張』の3艦と、先を進んでいた『鳥海』他の重巡洋艦とは分離する形で戦闘を打ち切り、北東へと離脱を開始した。またこの時の(三川)突入艦隊の戦闘時間は、『キャンベラ』への攻撃開始から10分程度であった。

尚、同じ頃、最後尾の駆逐艦『夕凪』は電源故障などにより大きく反転して、単独での離脱を決めて西方に向かっていた。

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