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【第1回】 戦国武将人気ランキング 11位~20位 〈25JKI11〉

長篠132193戦国武将の人気ランキングの続き、11位から20位までを紹介します!!

予想通りではありますが、アニメマンガゲームなどの影響が強いのか、昔ならちょっと小粒と思われた武将も、大物に混じって見事入賞です。

 

【第1回】 戦国武将人気ランキング 1位~10位…はこちらから

 

慶次郎100011_m

11位 前田慶次/慶次郎(利益)

取り敢えず前田利家さんの義理の甥御(アニキの養子)さんです。滝川一益さんの親戚という説もあります。詳しいことはあまり判っていませんが、たしかに傾いてますネ、この御方。でもその実、相当な文化人でもありました。逸話で有名なのが、「騙まし討ち水風呂」と「大根3本の土産」。それから「太閤猿踊り」とか・・・。実際にはそんなには大きな人ではなかったそうですヨ。劇画の影響は恐ろしい。

 

信玄写真100004_m12位 武田信玄

この人、上洛しても「天下」を獲ることはしないだろうナ。すくなくとも信・秀・家のハイブリッド3人衆みたいにはネ。日本全体を考えたビジョンはなかったから、都で「ワォー!」と叫んだら、すごすごと甲斐に引き上げて行くんでしょう。確実に地盤を固めるタイプですもんネ、ものすごく実利を重んじる人だから。謙信さんとは5度に渡る川中島の戦いを繰り広げる一方で、着実に信濃・駿河を併呑していきましたから。無敵といわれた武田騎馬軍団を率いて、信長さまや家康さんを恐怖のドン底に陥れましたけど・・・。

 

家康100003_m13位 徳川家康

鳴くまで待つのは大変です。辛抱と忍耐(あれ同じことか)、そしてなにより健康が大事。本人もそりゃ偉いけど、家臣たちがよく頑張った。三河時代なんて大変です、それこそ辛抱しっぱなし。そんな部下たちの声援を受けて、長が~い時間をかけ、ついには「天下人」となりました。よく聞く話ですが、『これで徳川300年の礎が築かれた!』ってのは、どうして300年後にコケるって分かったのでしょうネ。

 

島津100020_m14位 島津義弘

義弘さんは強い!! 島津氏の九州制圧作戦では大活躍。木崎原の戦いとかは、300の兵で10倍の敵をやっけちゃうし、兄弟の中でも武闘派の代名詞みたいな存在です。でも、朝鮮出兵でも、関が原の敵中突破「島津の退き口」でも、お家の代表として苦労ばかりを買って出たのでした。薩摩まで帰り着いたから良いようなものの、命からがらは幾たびも経験してます。なんとなく不運な人で、だって関が原の時だって、はじめは家康さんに味方するつもりだったんですヨ、なのに敵側にいつの間にかいたという事実。もの凄く強いのに、なぜか損するんです。

 

片倉100040_l15位 片倉小十郎(景綱)

以前ならば、玄人好みの武将でしたが、最近は若い人たちから支持が高いひとりです。 伊達政宗さんの右腕的存在で、猿さんの小田原城攻めの時は、豊臣方へ早く参陣するよう政宗さんを説得したんです。アニメやゲームに出てくる小十郎って、ちょっとニヒルでチョーかっこいいんですが、実際には堅実な感じのオジサンだったんだろうナ、と思います。ともかく、幾度となく伊達家を危機から救いました。

 

小早川100056_m16位 小早川隆景

この人は非常に頭が良くバランス感覚に優れた方で、元就さんの三男ですネ。小早川さんちに養子に入りますが、毛利宗家を全面バックアップして、アニキの吉川元春くんとともに「毛利両川」と呼ばれました。戦術指揮官としてよりは戦略家としての活躍が目覚ましく、黒田官兵衛さんとともに戦国時代を代表する知将として有名です。お馬鹿な秀俊(後の小早川秀秋)を養子としましたが、これもご本家を守るためでした。


利家100028_l17位 前田利家

あだ名は槍の又左で、猿さんとは大の仲良し。織田株式会社の若手サラリーマン時代から家族ぐるみで親交があったんです。その猿さんは、社長が突然亡くなった頃には、出世して方面本部長になっていましたが、利家さんはまだ課長さんで柴田勝家本部長の部下でした。仲良しの猿さんと上司の柴田さんとの板挟みで悩んだ末に、お友達を選びます。でもこれは大正解でした。ついた親分が「天下」を獲るのですから、子分もお引き立てに与かり、加賀百万石の太守となれたのでした、とさ。ちなみに、奥さんの“まつ”さんもしっかりもので有名です。

 

毛利100038_m18位 毛利元就

このランキングに選出されたメンバーの中では活躍した時代がちと古いのが、この人。とにかく山奥の弱小勢力を率いて、生き延びるのに精一杯だったのが前半生です。あだ名は乞食若殿、謀神。類いまれな駆け引きのうまさでローリスク・ハイリターンを実現しました。できるだけ負けない戦に徹し、謀略も得意。「三本の矢」はあまりにも出来過ぎたお話としても、「戦国最高の知将」とも「稀代の策略家」とも言われることには、納得です。ところで、毛利さんの祖先は、神奈川県の海老名市からはるばる広島県の山間部まで移ってきたんですヨ。知ってました??

 

長宗我部100029_m19位 長宗我部元親

子供の頃は「姫若子」とあだ名されるほど、色白で物静かな少年だったみたいです。でもオヤジ(国親)さん亡き後、家督を受け継いでからは、土佐を皮切りに、阿波・讃岐・伊予を次々に平定。1583年にはほぼ四国統一を成し遂げたんです。でも残念ですネ、せっかく四国を平定したのに猿軍団がやって来ました。この人ももう少し早く生まれてればネ、もっと歴史に大きく名を残したんでしょうけど・・・。そんな元親くんも、今では大人気のアイドルです!!

 

井伊100105_m20位 井伊直政

最近では、ランキングの上位に又者(陪臣)が多く名を連ねますネ。20位までにも、何人も選出されています。この人も家康さんの家来で、徳川四天王の1人、彦根藩の初代藩主でもあります。14歳の時に浜松城下で家康さんに見出されてから、徳川の家中では新参者ながらも、勇猛さと抜群の政治手腕によって大活躍します。旧武田家臣団を組み込んだ彼の精鋭部隊「井伊の赤備え」は有名ですよネ。でも相当に短気だったらしく、戦場でも、いつも前線の危ないとこへ出かけて行って、かかれ~かかれ~と指揮していたようです。そんな訳で、関ヶ原の合戦で受けた銃撃による傷がもとで、わりと若くして亡くなりました。尚、2017年のNHK大河ドラマは彼の義理のお母さん(養母)が主人公です!!

 

またやりますよ、ランキング。その時は皆さんも投票してくださいネ!!

-終-

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