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【名刀伝説】 ニッカリ青江 〈1345JKI07〉

こうして『にっかり青江』は京極家の宝刀となったが、京極家の居城となった讃岐国丸亀城には夜な夜な幽霊が出るという噂があり、それまでの代々の藩主は必ず不幸な目に逢うことで有名だったが、『にっかり青江』を有した京極家が入封すると、そういった怪異はぴたりと止んだとされ、流石に幽霊退治の妖刀の面目躍如である。

また京極家では、この秀頼より賜った『にっかり青江』と豊臣秀吉より譲り受けた『京極正宗』(短刀)、そして家康より拝領の『粟田口吉光』(短刀)の三品を最も大切にして秘蔵したとされている。

更に江戸時代の狂歌には京極家に関連したものがあるが、その中で「京極に過ぎたるものが三つある、ニッカリ・茶壺に多賀越中」と謡われている。ここでの「茶壺」とは野々村仁清(京焼色絵陶器を完成した江戸時代前期の陶工)作の茶壺の事だが、「多賀越中」とは佐々木京極氏が近江半国を治めていた頃から仕えていた家柄の家臣で、以後も代々にわたり多賀越中と名乗って江戸時代に入ると京極家の家老職を務めた家系の人物を指す言葉であった。即ち、『にっかり青江』もそれらに劣らず同家の至宝とされていたのだったし、その事は他家や世間の人々からも良く知られた事柄だったのである。

江戸時代も中頃になると、同家では八代将軍の徳川吉宗の希望に答えて、『にっかり青江』を享保17年(1732年)に台覧(たいらん、将軍家や皇族などの高貴な人が観覧すること)に供したとされるが、以降は京極家の重宝としてこの刀を厳重に保管し、やがて明治維新に至った。

昭和4年(1929年)3月の日本名宝展覧会では、未だ『にっかり青江』は京極高修子爵の所持品であった。昭和15年(1940年)に重要美術品に指定・登録された後に京極家から流出、太平洋戦争後は国内を転々とするが、平成9年(1997年)に丸亀市が購入し、現在は江戸時代に製作された金梨地糸巻太刀拵の外装と共に丸亀市立資料館に所蔵されている。

-終-

【余談】 アニメ『刀剣乱舞-花丸- 』第八話では、幽霊を捕獲しようとドタバタ劇を繰り広げる藤四郎兄弟(粟田口幽霊退治戦隊)に対して、幽霊退治のスペシャリストとして協力する『ニッカリ青江』の姿が、お得意のギャグタッチで微笑ましく描かれている・・・。

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