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【ライバル対決】 独軍 キューベルワーゲン vs 米軍(連合軍) ジープ 〈3JKI07〉

〈構造・機構の違い
キューベルワーゲンのアンダーフロアはフラットな造りであるが、その理由は一目瞭然、リアに配置されたエンジンによる後輪駆動方式の採用で、シフトリンケージなどを除くと車体下部にプロペラシャフトなどを通す必要が無い為である。

一方、ジープ(Jeep)のアンダーフロアは前部設置のエンジンから後部に向けてプロペラシャフトが通り、運転席の下あたりにあるトランスファーを介して前後にトルクが送られる為に、キューベルワーゲンに比べると複雑な造りとなっている。但し、シャフトのジョイント等を含め、その構成部品は皆大柄でガッチリとしているので、その強度は必要充分とされた。

キューベルワーゲンのフロントサスペンションは“Typ-1”と基本的に同じツインチューブによるトーションビーム方式。ステアリングロッドなどはアンダーパネルの内側、トーションビームの後方に配置されている。

ジープのサスペンションは梯子型(ラダー)フレームに前後ともリーフリジット方式(板バネにより車台を支えるもの)で、これは頑丈で堅牢な上に安価に製造が可能フレーム自体が変形してショックを吸収し接地性に優れて耐久性も高いが、乗り心地はあまり良くなかったかも知れない。そしてハブは動力が伝達されるのでかなり大型で、ステアリングロッドは車軸の前方に配置されている。

こうした駆動方式とフレーム構造により、両車の運転席の配置も大きく異なった。キューベルワーゲンは座面とフロアが離れているので深く腰掛けて運転が可能だったが、ジープの方は梯子型(ラダー)フレームの上にフロアを載せていることでフロアが浅くなり、どちらかと言えば足を投げ出すようなポジションとなった。つまり乗員には断然、キューベルワーゲンの着座感覚の方が好評であり、ドアの有無なども含めて乗員にとっての安全性も高かったかも知れない。

また、故障等にも簡単な工具で対応可能な整備性の高さを誇ったジープではあったが、キューベルワーゲンもそのシンプルな構造により整備性の良さでは引けを取らなかった

 

輸送を待つジープ

〈生産性の優劣
カエルの様な愛嬌のあるルックスを持つキューベルワーゲンだが、その特徴ある角ばったデザインは高い生産性を目指したものであった。しかし第二次世界大戦中のトータルの生産台数はキューベルワーゲンが派生型車種まで含めて凡そ5万2千台であったのに比べて、ジープのそれは約65万台近くで、車輌の性能の優劣は別として、その生産量の違いは桁違いであった。

純然たる科学技術力に関しては連合国を凌駕、もしくは健闘したこともあるドイツだったが、基礎的な工業生産力の差は如何ともし難く、米国の圧倒的な経済力や巨大な工業力の前では互角に対抗する術が無かったのも無理はない。

だがキューベルワーゲンはジープを模倣したものでもなければ、ジープから発展したものでもなかった。逆にジープの開発がキューベルワーゲンなどの独軍小型軍用車両の活躍に触発されたものとされており、ここでも大戦初期の独陸軍の自動車化軍備に関する先見性が際立っている。

 

しかし結論としては、その開発の経緯や目的とも連動するが、本来、小型軽量の軍用乗用車であるキューベルワーゲンが乗り心地乗員の(戦闘以外での)安全性では優位とされたことに対し、不整地走行性能耐久性汎用性ではジープの圧倒的な勝利であった。更に生産台数の多さから、総合的にもジープの地位が上位であることは揺るがない。

但し、整備された路上や比較的平坦な地面での偵察や部隊の先導任務において、軽武装の乗員4名程度の搬送に限ればキューベルワーゲンは特にジープに劣る様なことはなかったとされる。エンジン性能は不利でも、軽量のメリットはそれなりに大きかったとされるからだ。

 

大量生産に向いた生産性や実際のその生産量、そしてその後の不整地走行用の軽車両に与えた各種の影響の大きさでは、間違いなく(連合軍)ジープの方に軍配が上がると思われるが、やはり前回の【ライバル対決】と同様に、筆者の様な独軍贔屓の捻くれ者・天邪鬼にとっては、(独軍)キューベルワーゲンの独特の魅力は得難いものがあるのだった‥。だがそれはあくまでも個人的な好みの問題であり、公正公平をモットーとする【対決】シリーズの観点からは、ジープの総合的な優位性は揺るぎないと考えられる。

但し、両車の派生型である水陸両用車ヴァージョンにおいては、独軍車輌の方に多くの優位性が見られることに留意して欲しい。そこで別途、次回の【ライバル対決】では、(独軍)シュビムワーゲン“Typ-166”と(連合軍)“フォードGPA”について取り上げてみたいと思う。

-終-

【参考】
戦時中の1941年に日本陸軍がマレーシアで鹵獲した“バンタム Mk II(BRC-60)”を参考として、トヨタ自動車がリバースエンジニアリングを行い、“AK10”(トヨタの開発名称)という小型4輪駆動車の試作車5台を製作した。このクルマは、95式小型乗用車の後継車である4式小型貨物車として1944年に制式採用となるが、既に戦争も末期となっており極度の資材不足と熟練労働者の減少からほとんど生産が困難な状況となり、ジープの様に活躍したという記録はない。また、この“AK10”型と戦後のトヨタ製ジープ、後の“ランドクルーザー”との設計面等での繋がりは一切ない。

関連記事はこちらから ⇒ 【ライバル対決】 独軍 ハノマーク Sd.Kfz. 251 vs 米軍 M3 ハーフトラック

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