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英国の老舗百貨店 ハロッズ(Harrods) 〈658JKI24〉

夜景が映えるハロッズの店舗風景

以前に英国の老舗百貨店、“フォートナム&メイソン(Fortnum & Mason)”を紹介しましたが、今回は同じく由緒ある名店“ハロッズ (Harrods)”をご紹介します!!

20世紀の後半以降は英国資本の所有を離れてしまいましたが、現在でもロンドンを代表する有名百貨店として数多くの顧客の支持を得ています。

 

ハロッズ(Harrods)は、ロンドン中心部ナイツブリッジ地区のブロンプトン通りに面するイギリス最大級の老舗高級百貨店です。自社ブランドの紅茶や人気の手提げバッグ、テディベアの縫いぐるみ等の定番商品でおなじみのデパートであり、品揃えは勿論のこと、豪華で高級感のある店構えや内装で海外からの観光客にも人気が高く、店内はいつも数多くの買物客で賑わっています。

創業以来、その経営モットーである「あらゆる商品を、あらゆる人々へ、あらゆる場所へ(Omnia Omnibus Ubique:ラテン語)」との標語は脈々と受け継がれており、経営者が変わってもそこには大きな変化はありません。

それでは早速、この世界一有名とも云える百貨店について、ご紹介を始めましょう。

 

その歴史と沿革

ハロッズの創業者チャールズ・ヘンリー・ハロッド(Charles Henry Harrod)は1824年、25歳の時に事業を起こしました。当初、事務所をテムズ川南岸のサザークに置き、店舗はバラ・ハイ・ストリート 228番地に構えたと伝わります。1825年には’Harrod and Wicking, Linen Drapers, Retail’の企業名での活動記録が残っていますが、この協力関係は同年末には解消された模様です。

その後、1831年頃までは洋服店や生地商を営んでいましたが、1832年、ロンドンのイースト・エンド、ステップニーのケーブル・ストリート 4番地で、特に紅茶に重点を置いた食品卸売業を開業しますが、これが今日まで続くハロッズの礎となりました。但しこの点に関しては、1834年説や、1832年の開業は食品雑貨店としてであり、“Harrod & Co.Grocers(ハロッド日用品商会)”の名でクラーケンウェルのアッパー・ホワイトクロス・ストリート 163番地で開店したとの説もあります。

1849年には、ロンドン西部の現在でもハロッズの店舗があるナイツブリッジで、紅茶と食品雑貨の小売店を開店しました。これは、治安が悪く不衛生であったロンドンのインナーシティ(inner city)から、2年後の開催が予定されたロンドン万国博覧会で見込まれる需要を狙って、ハイド・パーク近くの今日まで続く店舗の所在地であるブロンプトン地区の小さな店舗を買い取って移転、営業を開始したのだとされ、このことが今日まで続くハロッズの原点となりました。

1861年、初代チャールズの息子であるチャールズ・ディグビー・ハロッド(Charles Digby Harrod)が経営を引き継ぎましたが、この彼が、ハロッズが世界的な百貨店へと大きく躍進を遂げる立役者となります。2代目のチャールズ・ディグビーらは食料品以外の薬品や香水、そして文房具や陶磁器などの生活雑貨全般へと取り扱い品の範囲を広げていき、1880年には従業員数は100人に達していました。

1909年当時の流行のファッションを身に付けたロンドンの上流階級の人々がハロッズ百貨店の前を歩いている様子

しかしハロッズは、1883年12月初めには火災で店舗を焼失する不運に見舞われますが、この時、チャールズ・ディグビーはその年のクリスマス商戦で顧客に商品を配達するサービスを実施、これが大いに受けて同年の記録的な売上・利益に結び付きました。そしてその後の店舗再建により、現在も残る豪華絢爛な建物を完成させ、災い転じてこの火事被害がより大規模な店舗に拡大する好機になったとされています。

1889年になると、この会社は“ハロッズ・ストア・リミテッド”の社名でロンドン証券取引所に株式を上場しました。以後、1893年~1894年にかけて“ハロッズ銀行”を設立し、またその事業分野にレディースやメンズのファッション、レストラン、美容室などの業容が加わります。更に1897年には不動産会社“ハロッズ・エステート”が設立され、その後もハロッズ企業グループは急成長を遂げていきます。

そして1898年には、英国初のエスカレーターを店内に設置したとされますが、これは同年11月16日の水曜日、ブロンプトン・ストリートのハロッズ店舗において、英国初の”動く階段”(現在のエスカレーターに相当)が稼働したことを指しています。しかしこの”動く階段”は現在の一般的なエスカレーターとは違い、マホガニー材と皮革製ユニットの連結構造によるベルトコンベア式の段差の無い踏み板と銀色の板ガラス製の手摺から成っていたと云われます。しかも、初めてこの”動く階段”で階上に昇った顧客たちは、(まるで遊園地で苦手なジェットコースターにでも乗り込んだかの様に)待ち受けていた店員に気付けのブランデーを供されて、ようやく元気を取り戻したと伝わります。

そして数年を経た1905年の大改装により、現在も姿を残すテラコッタ(建築装飾用の素焼きのタイル)のファサード(主要通りに面した正面外装)が出現します。またその後、有名なドアマンが1909年から入り口に登場、“ハロッズ・グリーン”をした色の服を着ていることから、“グリーン・マン”と呼ばれる様になりました。

動態保存されている“ハロッズ・ヴァン1939年型”(電気自動車タイプ)

また同様にハロッズ・グリーン”に塗装された商品配送車、所謂、“ハロッズ・ヴァン”の存在も昔から有名でした。1920年代にはT型フォード改造のヴァンが有名でしたが、その後はオースチン社のヴァンタイプ車や第二次大戦後にはモーリス社のヴァン・トラック、BMC社のミニのエステート型なども“ハロッズ・ヴァン”としては良く見掛けたそうです。

昨年(2017年)には、何と日産自動車の電気自動車(EV車) e-NV200 が採用されましたが、実はハロッズでは、以前から騒音や排気ガス問題を回避する為にクリーンな電気自動車(EV)に着目しており、早くも1919年には米国のウォーカー電気自動車会社製のEV車をお届け配送車として採用するなど、当時から多数のEV車を揃えてロンドン市内の顧客への商品配送用に活用してきた経緯があるのです。

さてハロッズの歴史に話を戻すと、1913年には英国王室御用達(ロイヤルワラント)のに指定されました。その後の1920年になると“ハロッズ・ファクトリー”を設立して、シューズやシルバー加工、そしてチョコレートなどの生産を開始します。また大戦後の1949年には、創立100周年を記念してオープン当時の食料品店を館内に再現しましたが、10年後の1959年、英国の大手・流通企業グループの“ハウス・オブ・フレイザー(House of Fraser)”によりハロッズは買収されて、大きな転機を迎えました。

その後のハロッズに関する逸話には、1975年に米国のカリフォルニア州知事(後に大統領)であったロナルド・レーガン(Ronald Reagan)からの「象を届けてほしい」という注文に応え、実際に子象を出荷した事などがあります。

そして1985年、エジプト人実業家のモハメド・アル-ファイド(Mohamed Al-Fayed)とその家族が“ハウス・オブ・フレイザー”を6億1,500万UKポンドで買収し、モハメドがハロッズの会長に就任し、3億ポンドを投じてハロッズの店舗改修を実施しました。この時以来、ハロッズの経営権は英国人の手を離れました。

1989年には来店客に関するドレス・コードを導入し、サンダル履きや半ズボン着用などでの入店を禁止しました。

1994年、アル・ファイド家はハロッズを除いた“ハウス・オブ・フレイザー”グループの全ての株式を再上場することにより、これらを手放しました。

1997年には、2,000万UKポンド(1ポンド:150円換算で約30億円)を投じて、エジプシャン・エスカレーターが館内に設置されました。その後、2006年には本店の向かい側に“ハロッズ102”が開店し、この時に回転寿司店の“Yo! Sushi”やドーナツ店の“クリスピー・クリーム”などが入店しました。

そして2010年5月8日、カタール政府系の投資ファンドである“カタール・ホールディング”がハロッズをモハメド・アル-ファイド家から推定15億UKポンドで買収しました。当初、ハロッズ側はこの買収劇に対して反対の姿勢を見せていたと伝わりますが、結局は“カタール・ホールディング”の軍門に降る形となった様です。

尚、アル-ファイド家の支配以降、ハロッズを訪れる観光客は圧倒的にアラブ人が多いとされ、その後、“カタール・ホールディング”に経営権が引き継がれたハロッズの店舗内でも、相変わらずベールを被った中近東系の訪問者たちの姿がやたらと目立つそうです。

ちなみに同年、世界的に人気のハロッズのアイコニック的存在のクリスマスベアが25周年を迎えています。

ところで、1997年8月31日に亡くなった英国王室のダイアナ元皇太子妃と一緒に事故死したのが、彼女と交際中であったとされるモハメド・アル-ファイドの息子、ドディ・アル-ファイド(Dodi Al-Fayed)であったことが切っ掛けとなり、ドディの死にショックを受けたーナーのモハメドは、2000年までにハロッズが有していた英国王室御用達(近年ではエリザベス2世女王、エディンバラ公フィリップ、チャールズ皇太子、故エリザベス皇太后などの御用達認証令状を保有していた)の許可を自ら返上してしまいます。

そして経営者が“カタール・ホールディング”に変更となった現在でも、ダイアナ元皇太子妃とドディ・アル-ファイドの記念碑はハロッズの店舗内に飾られているのでした‥‥。

 

またハロッズと云えば、その長い歴史を彩った著名人顧客を紹介すると、作家・劇作家のオスカー・ワイルドに始まり、ハロッズと因縁の深い『クマのプーさん』の生みの親である児童文学作家、A・A・ミルン、そしてオーストリアの精神医学者のジークムント・フロイトなどが挙げられます。

映画や演劇などの芸能界からは、喜劇王 チャールズ・チャップリンを筆頭に、俳優で映画監督のローレンス・オリヴィエ、女優のヴィヴィアン・リー、舞台女優 エレン・テリー、俳優で演出家のノエル・カワード、女優で歌手のガートルード・ローレンス等々、多くの名優がかつては名を連ねていました。

こうした有名人(セレブ)や英国王室の人々を得意客に持つまでに発展したハロッズは、英国一の高級百貨店として名声を高めたのです。

※アルゼンチンのブエノスアイレスにも直営の支店を有していましたが、1922年に他の事業者に売却され、現在はハロッズ本社からは独立したハロッズ・ブエノスアイレスが経営しています。このブエノスアイレスの店舗は2011年に閉店して、その後、営業を再開はしていない様子(2016年6月現在)です。

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One thought on “英国の老舗百貨店 ハロッズ(Harrods) 〈658JKI24〉”

  1. ちゃらんぽら伯爵夫人 says:

    “ハロッズ”といえば紅茶。“フォートナムズ”も悪くないが、以前はよく“ハロッズ”の14番を愛飲していた!

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