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糸屋の娘は目で殺す!! 〈2408JKI54〉

物語の“起承転結”を説明する際によく使われる「○○✕✕糸屋の娘、姉は□□ 妹は△△、諸国大名は弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す 」との文章/俗謡ですが、その由来や内容については諸説があって判然としません。作者に関しても多くの説があり、糸屋の所在や姉妹の年齢なども千差万別の様です。

実は先日、読書中に出会ったこのフレーズ、以前から「糸屋の娘は目で殺す 」のくだり(行)は記憶にありましたが、その前段の文があやふやだったので、よい機会だと思い調べてみましたので、是非、皆さんにもご紹介させてください‥‥。

 

この文章/俗謡の解釈と“起承転結”の役割は、先ず“起”(起句)の部分に糸屋の娘の紹介、即ち物語の始まりを描き、“”(承句)の部分でその娘たちが年頃(&美貌)であると発展させて起句に続きます。次いで“”(転句)の部分でそれこそ一転、大名(武士)は武器で人を殺すと糸屋の娘たちには何の関係もない話を一旦出してから、最後に”(結句)に至り、娘たちは色目・流し目(色気)で男の気持ちを奪う(殺す)ということで全体を関連付けて締めくくる形となっています

 

作者について

この文章/俗謡、かの有名な江戸のマルチ・タレントである平賀源内さん(享保13年〈1728年〉~安永8年12月18日1780年1月24日)が生み出したものとの説があります。数多くの才能を有した源内先生ですが、その中でも戯作者浄瑠璃作者、そして今で云うコピーライターとしての顔から拝察すると、戯れ唄で文章の“起承転結”を解説する彼の手法は、確かにすんなりと腑に落ちるものですよね‥‥。

また因みにこの源内版は、最もオーソドックスな「京都三条 糸屋の娘 姉は十八 妹は十五 諸国大名弓矢で殺す 糸屋の娘は目で殺す 」となっている様です。

続いてはこれも広範に流布されている作者(もしくは例として引用した紹介者)の候補が、頼山陽さん(安永9年12月27日〈1781年1月21日〉~天保3年9月23日〈1832年10月16日)です。こちらの先生は有名な儒学者で多くの名漢詩の作者。この文章を漢詩絶句の“起承転結”の構成を示す例として挙げたとされますが、但し、山陽先生がこんな俗謡の体裁で格調高い漢詩の作法を教授したとは考えにくい、との説を取る方も多いそうです。

そして梁川星巌さん(寛政元年6月18日〈1789年7月10日〉~安政5年9月2日〈1858年10月8日も、作者かも知れない人物としてよく名前が出る御方で、江戸時代後期の漢詩人ですね。頼山陽さんとも交友があり、「文の山陽、詩の星巌」と謳われた人。またこの説は、大田才次郎(淳軒)の逸話集『新世語』等によります。

更には、特定の作者がいたのではなく、江戸時代中頃から伝わる俗謡であり戯れ唄・手毬歌の類であるとも。これは江戸本町二丁目の江戸屋の美貌の姉妹の姿を描いた端唄であり、元禄17年/宝永元年(1704年)刊行の『落葉集』に初めて収録されたその内容は、踊唄“糸屋娘踊”として、糸屋の二人の娘、特にその妹の可愛らしさが気になる、という内容だったと云います。

その後この端唄が進化して、恋の成就の為に“伊勢”に7回、“熊野”には3回も詣で、“愛宕”には月参りの願掛けをするという内容に変わっていくのでした。但しこの場合の“愛宕”、京都のものか江戸のものかは解らないが、“伊勢”と“熊野”と対比するならば、京都の“愛宕山”の可能性が高く、そうなると糸屋の所在は京都に変更されることになるのでしょう。

端唄(はうた)とは、長唄などに対して短い(=端)俗謡のこと。(室内で)三味線を伴奏として歌う。

 

細部のヴァリエーションについて

それにしてもこの文章/俗謡には、細部の色々なヴァリエーション違いがあります。おそらく江戸と上方(京都・大坂)で、其々ご当地ソングとしてワードを部分的に入れ替えて広まったからだろうと思われます。

先ずは冒頭の糸屋の所在地ですが、京都の三条・四条・五条・本町(ほんまち)、大坂本町(ほんまち)、そして江戸は本町(ほんちょう)、同じく(江戸)本町二丁目と当時の三都すべてのパターンを網羅しています。

※源内先生と星巌先生は「京都三条糸屋の娘」、山陽先生は「大阪本町糸屋の娘」としていた様です。

姉妹二人の年齢に関しては、26歳と20歳、21歳と20歳、18歳と16歳、18歳と15歳、17歳と15歳、16歳と15歳、16歳と14歳などと多くがあり、また姉と妹の順を逆にしたものもあります。その他には「歳は十六器量良し」といったパターンも存在していますね。

そして原則としては、「○○✕✕糸屋の娘、姉は□□ 妹は△△、諸国大名弓矢で殺す、糸屋の娘は目で殺す 」に何れかのワード(場所や年齢など)を当てはめたものになっているのです。

またこの文章/俗謡での妹の呼び方には、“いもと”や“おとと”などがあり、更に一部には「諸国大名(は)弓矢で殺す」の部分が、「諸国の武者は弓矢で殺す」や「諸国大名刀で殺す」という変形も見うけられ、“結”の部分が「娘二人は眼で殺す」とのヴァージョンもあります。

尚、端唄の場合の解釈において、「目で殺す」というのは単に色目・流し目を仕掛けることを表すのではなく、糸を扱う商家において糸の目方(単位当たりの重さ)、即ち糸のグレードを計る(見極める)ことを美しい眼で悩殺することに掛けているとの説があるらしいのですが、詳しくは解りませんでした。

また源内作者説を否定したものには、「上方気分」が描かれている“本町(ほんまち)”タイプが古形であり、“本町(ほんちゃう)”読みの方は「江戸調」であると解説しているものもあります。

 

それにしても糸屋の娘さんたちが、どれ程の別嬪さんだったのかは観てみたかったですよね。ところで今の若い女性方は、何を武器に殿方を攻略するのでしょうか(笑)。私などは流し目をしようとすると寄り目になってしまうし、ウインクしても両目をつぶってしまいますが‥‥(爆)。

-終-

 

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