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日本の鉄道博物館訪問シリーズ 第5回 碓氷峠鉄道文化むら その1機関車編 〈17/38TFU03〉

碓氷峠鉄道文化むらは、1999年4月18日に開園しました。碓氷峠の歴史や資料、碓氷峠で活躍した鉄道車両、国鉄時代の貴重な車両などを展示・公開しています。また、目玉は信越本線の廃線跡を利用してEF63形電気機関車の体験運転や、トロッコ列車の運行がされていることです。電気機関車の体験運転は、講習を受け修了試験に合格すると、EF63形電気機関車を自分の手で運転できるようになります。運転区間は旧信越本線の保存線約400m以上の往復で、点検を含め所要時間は約30分となっています。
他にも園内には電気機関車が圧倒的に多いのが嬉しいところです。全国の鉄道博物館の中でも、これだけ電気機関車が揃っているのは全国でも珍しいです。中には碓氷峠とも、JR東日本とも関係のない、北陸や九州で活躍していた車両もあります。これは国鉄末期に「SLの京都(梅小路蒸気機関車館)に対し、電気機関車の博物館を作ろう!」と高崎機関区周辺に計画されていた「高崎電気機関車館」(仮称)のために集められていた車両を当施設に保存することになったためだそうです。
ここも見どころが多いので、2回に分けてお届けします。今回は「機関車編」です。その中でも、筆者が注目した機関車を選んで勝手にレポートしましょう。(2019年5月訪問 写真はすべて筆者撮影)

D51 96

外装諸装備・機器、運転室内各装置・機器全般はしっかり揃っており、美しい機関車です。北海道型「ナメクジ」の特徴がじっくり見られる機関車です。製造は1938年。その後、1948年松本、1957年長野、1965年北海道に渡って岩見沢、1967年長万部、1969年滝川で1976年に廃車となりました。その後は埼玉の長瀞にあったSLホテルの機関車として、1977年9月から20系A寝台車(ナロネ21153)+20系B寝台車3両(ナハネ2056+ナハネ2058+ナハネフ22502)の編成で営業していましたが、1999年9月で営業廃止となり、機関車のみここで保存展示されています。

EF15 165

1970~80年代は山手線の貨物線でも、よく見られた機関車です。今となっては、こんな機関車が都心を貨物を牽いて走っていたのが嘘のようです。貨物用電気機関車としての地味なイメージがありますが、この165号機は晩年、イベント列車の牽引など、旅客用としても活躍しました。製造が1958年。新製配置は新鶴見、廃車は1985年高崎第二機関区でした。状態よく保存されています。

EF30 20

関門トンネル用の機関車として活躍したステンレスの機関車です。私も「あさかぜ」や「はやぶさ」などのブルートレインに乗った際は、お世話になりました。製造は1968年で1986年に廃車になるまでひたすら、門司港と下関の間を行き来していました。小さなボディの機関車ではありますが、性能は侮るなかれ。山陽本線下関 – 門司間の直流1,500V、鹿児島本線門司港から先の交流20,000V、周波数60Hzに対応できる交直流電気機関車です。直流電化区間である関門トンネルと交流電化区間の門司駅を直通可能で、なおかつ関門トンネル内の22‰勾配において重連で1,200t貨物列車の牽引が可能な強力な性能を備える機関車なのです。今の子供たちにはその価値は、わかるのかな・・・。どこかで保管に困っている20系客車はいないでしょうか。この機関車につなげて展示するべきと思います。(前述の長瀞の20系が残っていれば)

EF53 2

大きく張り出したデッキ、突き出したパンタグラフ、「武骨」なイメージのする私も大好きな機関車です。当初は東海道本線東京 から国府津の区間、さらに1934年の丹那トンネル開通後は沼津まで延長された電化区間で、特急「富士」・「つばめ」に代表される優等列車の牽引を中心に使用されました。その後は東海道線、上越線で活躍後、EF59型に改造されて山陽本線の勾配の難所、瀬野八越えに活躍しました。峠越えの機関車として老骨に鞭打って重い貨物を補機として支えていました。最後はEF53型に復元され保存されました。製造は1932年、新製配置は国府津。その後は1934年に沼津、1941年に東京、1944年に再び沼津。貨物に転じて1952年名古屋、浜松、高崎と渡り歩きました。1963年にEF59 11に改造され、1964年から瀬野、1984年広島、そして1985年に廃車となり、1987年には今のEF53に再改造されたのです。塗装をもっときれいにしてほしいですし、パンタグラフも張り上げてほしいです。見せ方によっては、もっと迫力があるのに、と思います。

EF58 172

他の機関車と並んでさりげなく置いてありますが、この機関車は晩年になってお召列車を牽いた栄光の機関車なのです。連結器が銀色である点が、唯一の名残。活躍の場も東海道・山陽・東北・関東と、東北・上越や東海1958年製造。 配置は沼津、1962年米原、1968年宮原、1974年岡山(貸出)、1977年に宇都宮。そして1982年5月21日に植樹祭お召し列車の牽引機として、宇都宮~日光間を走りました。1985年に田端に移動。1985年に田端で廃車となりました。もっと手入れを!なんとなく褪せていて、錆もちらほら。

EF59 1

こちらもEF53から改造され、瀬野八越えに活躍した機関車ですが復元されていません。新製は1932年 EF53 8として誕生し、国府津、沼津、東京と移動し、1963年にEF59に改造、1987年に廃車となりました。

EF60 501

製造は1963年。新製配置は東京機関区。その後、八王子、高崎と移動し、 1986年に廃車となりました。1958年に開発された直流のモーターが優秀で、それをF型に導入すれば東海道本線・山陽本線で高速貨物列車用として使用されていたマンモス機関車のEH10形に比べてさほど劣らぬ出力を持ちつつ小型軽量の機関車にすることが可能であることから開発されたのが本形式です。500番台は特急牽引機。

EF62 1

製造は1962年。新製配置は高崎第二。その後、1984年篠ノ井に移動し、1986年に廃車となりました。

EF62 54

製造は1969年。新製配置は長野でした。 EF62型のラストナンバーです。

また、ここには横川・軽井沢間で峠越えに活躍したEF63型電気機関車がなんと8両も保存されています。体験運転用で動くものから、かつての検修庫内で、整備を受けているような姿のものまで。いろいろな姿が楽しめます。

EF63 1    製造: 1962年 廃車: 1986年

EF63 10  製造: 1963年 廃車: 1998年

EF63 11《動態》 製造: 1963年 廃車: 1998年

EF63 12《動態》 製造:1963年 廃車: 1998年5月7日

EF63 18 製造: 1966年 廃車: 1998年5月7日

EF63 22 製造: 1974年 廃車: 1998年

EF63 24《動態》製造: 1976年 廃車: 1998年

EF63 25《動態》製造: 1976年

 

EF65 520

現役時代は高崎で活躍、F型ひさし付特急色で人気の高かった機関車です。製造は1966年、新製配置は大阪の吹田第二機関区。その後、愛知県の稲沢、群馬の高崎第二へと移動し、2003年に搬入されました。

EF70 1001

EF70は北陸線電化時に投入された交流の機関車です。軸配置はB-B-Bで、日本の交流電気機関車としては初のF形となりました。この1001号機は1968年に日立製作所で製造された22号機に20系ブルートレイン牽引の設備を追加改造した特急用機関車です。廃車は1986年富山第二機関区でした。

EF80 63

常磐線を走っていた交直両用の機関車です。1961年常磐線の取手 – 勝田間が電化された際、直流電化では茨城県石岡市にある地磁気観測所での観測に影響を与えるために交流電化とされたのは有名な話です。そこでこの区間を走行する電車・電気機関車は取手 – 藤代間にデッドセクションを設けて、走行中に直流と交流とを切り替える車上切換方式とすることが決定し、開発・量産化されたのがEF80です。日本でここだけに残る機関車です。常磐線で特急「ゆうづる」から普通列車まで牽引しました。製造は1967年。新製配置は勝田。廃車は1986年田端でした。EF80型のラストナンバーです。

 

ちょっと休憩、食事は名物「峠の釜めし」で。園内でも売ってます。

今回は、ここまでにしておきます。講評も次回にします。次回は、客車・気動車・電車編。お楽しみに!

 

 

 

 

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