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日本の鉄道博物館訪問シリーズ 第9回  京都鉄道博物館その2 蒸気機関車/後編〈17/38TFU03〉

蒸気機関車の後編。今回はおなじみの大型機です。北海道型あり、各地の工場で改造された痕跡あり、そして何よりもその車体にドラマの歴史をにじませています。機関車を横から、下から、さらに上からも見られるこの施設。それぞれの履歴などを追いながら、お届します。(写真はすべて筆者撮影)

C55 1

梅小路に来るまで、北海道を離れたことがない機関車です。製造は1935年、新製配置は小樽築港で、その後の移動は1940年 苗穂、小樽築港、下富良野、1943年 小樽築港、1947年 旭川、1958年 室蘭、 1968年 旭川。梅小路には1971年。ボイラーの状態が比較的悪かったようで、開館当初からあまり動くことは無く、1979年には静態保存機となっています。副灯や、デフの上のつらら切、密閉式のキャブなど、北海道機の特徴をもっています。

C56 160《動態》

製造は1939年、新製配備は 静内。その後は1940年 室蘭、静内。1942年 苗穂、同年に本州に移動し、備後十日市、1943年白山、1945年備後十日市、1947年 津山、1948年 岡山、1949年 小郡、1953年 鹿児島、1954年 横浜、1965年 上諏訪、1972年 七尾。同年の秋に 梅小路にやってきました。北は北海道から南は鹿児島まで。全国を走り回った健脚はいまでも健在です。梅小路蒸気機関車館所属でありながら、今も各地の出張運転に利用されています。一度も車籍を抜かれておらず、70年以上現役で保っています。この日はスチーム号の牽引で大きな汽笛を吹鳴していました。

C57 1

言わずと知れた「貴婦人」。SLやまぐち号の牽引でもすっかり有名になりました。この機関車は実は2度にわたる被災をしています。「貴婦人」より「不死鳥」です。製造は1937年、新製配置は水戸。その後、1939年 宇都宮、1949年 千葉、1954年 新津、1958年には 長野工場にて新しい缶にのせかえを行いました。そしてその年、羽越線村上-間島で急行「日本海」を牽引中に、土砂崩れで脱線転覆大破してしまいます。廃車になってもおかしくないくらいの大事故でしたが、 1961年には長野工場で修繕後復帰します。そして1972年には 羽越線で新潟県植樹祭の際のお召列車の牽引機となります。1972年に 梅小路入り。山口号運行開始は1979年のことでした。ところが、さらに悲劇が起こります。 1995年1月17日 鷹取工場内にて全般検査中、 阪神淡路大震災による被災をしてしまいます。しかしここでも、修繕が行われ、復帰を果たしています。一度も車籍を抜かれておらず80年以上も現役で通しています。この日は検査中。検査の様子も、ここ梅小路では見ることができます。

C58 1

北海道での活躍が長い機関車です。1938年の製造。新製配備は新鶴見。横浜港への貨物列車を牽いていました。1949年 千葉で成田線や房総各線の旅客列車を牽引、1950年 北見の頃は急行列車の牽引も行っていました。北海道型特有のデフの切りつめがおこなわれていないので、原形を保つ機関車です。1972年 梅小路入り。C57と共に山口線で「やまぐち号」の牽引も行っていましたが、走行中にボイラーを痛めました。

C59 164

幹線用の機関車。全長21メートル、重量80トンという堂々たる車体は、特急牽引機にふさわしい貫禄です。「つばめ」「はと」「さくら」「かもめ」など、名だたる優等列車を牽引しました。20系のブルートレインを牽いて、熊本まで乗り込んでいました。晩年は呉線で急行「あき」を牽引。旅客の牽引が似合う、大型機関車です。製造は戦後生まれの 1946年。新製配置は、梅小路。 1950年に 糸崎へ移動。最晩年は1971年に奈良へ移動、保管されていました。1972年梅小路入り。開館当初より静態保存機となっています。

C61 2《動態

D51のボイラを使用した旅客用機関車。C61は当初、保存計画にありませんでしたが、SLブームの末期に日豊本線での人気の高さから、急遽保存が決まりました。製造は1948年。D511109から改造されました。配置は1948年 仙台。東北本線では急行「十和田」「青葉」などを牽引。特急は「はつかり」、20系ブルートレインの「はくつる」も牽いていました。1966年 青森、そして1971年には遠く 鹿児島に移動します。同年の宮崎に移動したころは、普通列車や貨物列車などの牽引もこなすようになったようです。そして大勢のファンを集め、日豊本線で3重蓮の記念列車の先頭に立ち、有終の美を飾りました。1972年 梅小路入り。1978年には用途廃止となってしまいますが、車籍復活を1987年に果たします。SLスチーム号で構内運転をしていましたが、2018年7月、脱輪事故を起こしてしまい、この日も寂しそうに小雨に打たれていました。再び元気に走る姿を見たいです。

 

そして、ここ京都鉄道博物館にはなんと3両もC62が保管されています。日本を代表する特急旅客用機関車。それぞれの様子を見てみましょう。

C62 1

製造は1948年。この機関車は広島にあって、長くC59と共通で運用されていました。1950年、宮原に移動してからは東海道本線で特急を牽引。「つばめ」「はと」の先頭に立ちました。1957年に再び広島に戻ると、20系ブルートレインの誕生期を牽引します。「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」。1967年に廃車になってからは小郡機関区に保存、1976年に準鉄道記念物に指定され、広島鉄道学園で保存されました。1994年2月14日夜~16日にかけて広島鉄道学園より移転、8月にお披露目となりました。意外と損傷が大きな車体は、栄光の歴史が積み重なっているようでした。

C62 2《動態》

筆者は品川での展示イベントで会って以来、約20年ぶりです。この日は、残念ながらスチーム号の牽引ではなく、蒸気も上げずに佇んでいましたが、そこにいるだけで風格が違います。何を言わなくても、全身から発するオーラ。デフのツバメはひときわ、特別な存在が漂います。薄日の射す、小雨模様の中で見ましたが、車体がテカテカ光ることなく、雨のしずくが各所から滴る姿。現役の機関車の雰囲気を十分に出していました。

1948年日立製作所で製造。新製配備は1948年 糸崎。1950年に 宮原に移ってからは「つばめ」「はと」の牽引で大活躍します。この時に、スワローマークがつきました。東海道本線の電化後は北海道に渡り、1957年2月7日 小樽築港配置。急行「大雪」「まりも」「アカシア」そして、「ニセコ」。特急牽引機で東海道を颯爽と走っていたC622が、雪にまみれ、急こう配の続く過酷な区間を、煙を噴き上げて轟音と共に爆走する姿は、SLファンの心をつかんで離しませんでした。

今はそんな姿を知る人も少なくなりましたが、相変わらず人気の機関車です。私も何度も機関車の周囲を回って、活躍の歴史を様々な角度から想像していました。

C62 26

大阪の交通科学館で長く保存されてきましたが、今回移ってきました。状態はすばらしく、感激しました。ホーム位置から見ると、キャブの中はよく見えませんが、メーター類もそろっていました。 新製配備は1948年、広島第二に配置。移動は1950年  名古屋、1955年 宮原、1956年 梅小路、1958年 下関、1964年 広島運転所、1965年 糸崎。廃車は1966年で、同年から保存されていました。

D50 140

製造は1926年。新製配備は、ここ1926年 梅小路でした。東海道・山陽本線で活躍。移動は1927年 糸崎、1928年  岡山、姫路、1930年 梅小路、1931年 吹田、1941年 大里(のちの門司)、1942年 直方、1968年 若松。30年ちかく筑豊で走った機関車です。石炭列車も牽いていました。1979年の整理時に車籍抹消し静態保存です。化粧煙突に大きなデフ、スポーク動輪。非常に個性的な魅力ある車輌なので、整備して走ってほしいと思います。

 

D51 1

日本の蒸気機関車で最大両数を誇ったD51のトップナンバー。なめくじのニックネームをもつ、半流線型のドームが特徴的です。晩年装備が多いので、形式入りナンバープレートと車体が似合わない感じです。製造は1936年。新製配置は 1936年 敦賀。北陸本線を走りました。1938年 稲沢、1949年 大垣と東海道線で活躍。1950年 上諏訪に移動。中央本線や篠ノ井線で客車も貨物も牽いていたようです。さらに1962年  金沢、1964年 盛岡、1968年 青森。奥羽本線では三重連で峠越えに大活躍しました。晩年は1971年 浜田に移動。米子から長門市の山陰本線で活躍しました。1972年に 梅小路入り。当初は動態保存でしたが、廃車は1987年です。

D52 468

日本最強の蒸気貨物機関車。この機関車はそのラストナンバーです。製造は1946年 。配置は沼津で、東海道本線や御殿場線で客車・貨物の両方に活躍しました。その後、吹田や姫路に移動。山陽本線電化で北海道へ。1960年 五稜郭。1000トンを超える重量貨物列車を牽引していました。1967年3月4日には 函館本線 野田生~落部間で転落事故を起こしていますが、復活。1972年に 梅小路入り。C62と並べて屋外展示、いかがでしょうか。

 

 

以上、蒸気機関車のレポートでした。これだけの機関車が一堂に会する姿は、見事。残念ながら火を落とした機関車も多いですが、構内でスチーム号の汽笛や、蒸気のあがる音を聞いたり、すぐ近くの電車のジョイント音を聞きながらみていると、今にも動き出しそうです。さて、次回は電車・客車をレポートします

 

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