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【Jazz フェイバリット・ピアニスト、名盤この1枚】 その〈4〉デューク・ピアソン 〈JKI00〉

デューク・ピアソン/Duke Pearsonは、1932年8月17日に米国ジョージア州アトランタに生まれました。その本名は、コロンバス・カルヴィン・ピアーソン・ジュニア/Columbus Calvin Pearson, Jrと云い、“デューク/Duke(公爵)”はエリントンの大ファンであった伯父に付けられた渾名と伝わります。また最初は金管楽器を学びますが、歯が悪くてピアノに切り替えたと云います。

クラーク・アトランタ大学在学中は、アトランタ周辺の吹奏楽隊に参加、トランペッターとしても活動し、1950年代に入り米国陸軍に入隊します。

その後、1959年1月になりニューヨークへと進出し、アート・ファーマーやベニー・ゴルソン・クィンテットと共演します。そしてドナルド・バードから、ペッパー・アダムスと結成した新しいバンドに誘われて加入しましたが、1961年になるとバード=アダムスのバンドのピアニストの座はハービー・ハンコックと交代しました。

1963年になりアイク・ケベックが亡くなった後を受けて、ブルーノート・レコードのA&Rとしてアーティストのスカウトを担当し、同年から1970年までの間、同レーベルの数多くのアルバム録音に参加、セッション・ピアニストだけではなくプロデューサー役も務めました。また同時期、ドナルド・バードと双頭ビッグバンドを編成、アトランティック・レコードで録音をしています。

しかし1971年には同レーベルを退社、クラーク・カレッジで教鞭を執り、以降、カーメン・マクレエやジョー・ウィリアムズの伴奏を行ったり、自身のビッグ・バンドを再結成して活動を続けました。

やがて1970年代になると多発性硬化症を患い、1980年8月4日にアトランタ退役軍人病院で死去しました。

彼のおススメ「名盤この1枚」には、『テンダー・フィーリンズ/Tender Feelin’s』(BN、1959年12月16日、19日録音)を選びました。本作はピアノ・トリオ編成で録音した彼の代表作で、シングルトーンを基調にした知的で美しいタッチが随所に見られる秀作アルバムです。特にフランク・シナトラの名唱で知られる『アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー/I’m Fool To Want You』の名演にはファンが多いでしょう。

他には、同じくブルーノート録音のトリオ盤で品格のある端正なピアノ演奏を聴かせる『プロフィール/Profile』と、フレディ・ハバード(tp)やジェームス・スポールディング(fl, as)、そしてジョー・ヘンダーソン(ts)らと組んだ『スイート・ハニー・ビー/Sweet Honey Bee』、並びにドナルド・バードのリーダー作『フュエゴ/Fuego』を挙げておきます。

ピアソンは、黒人でありながら詩的でロマンティックな演奏をみせる人だと思います。ブロック・コードでのスインギーな盛り上げも勿論上手ではありますが、何と云ってもバラード曲での可憐なシングル・トーンによるピアノ・タッチの美しさが記憶に残ります。端正なトミフラにブルージーなレイ・ブライアントを併せた様な感じを持った、私のお気に入りのピアノ・プレーヤーでした!

〈了〉

 

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