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【Jazz フェイバリット・ピアニスト、名盤この1枚】 その〈5〉 ドン・フリードマン/Don Friedman 〈JKI00〉

フリードマンは、1935年5月4日に米国サンフランシスコで生まれました。彼の父、エドワード・フリードマンはリトアニア出身で母親のアルマロウはドイツ出身の移民でした。

彼は4歳でピアノを始め、15歳の時に家族でロサンゼルスに引っ越した後に、それまで学んでいたクラシック音楽からジャズへと取り組む音楽ジャンルを切り替えます。バド・パウエルに影響を受けたフリードマンは、ロサンゼルス・シティ・カレッジで作曲を習得後、1956年頃以降には米国西海岸のジャズ・シーンでデクスター・ゴードンやチェット・ベイカー、バディ・デ・フランコらと共演します。また一時期、 クラーク・テリーのビッグバンドのメンバーを務めたこともありました。

フリードマンは1958年にニューヨークに進出、1960年代に入ると彼は最先端の現代的ジャズを演奏する人々と、より伝統的、もしくはポピュラーなミュージシャンの両方と共演します。前者には、オーネット・コールマン、エリック・ドルフィ、及びアッティラ・ゾラーが含まれていました。そして後者には、ボビー・ハケットやハービー・マンが含まれていました。また更に、ペッパー・アダムス、ブッカー・リトルらとも共演を果たしています。

その後、代表作の『サークル・ワルツ/Circle Waltz』を吹き込み、以降もジミー・ジェフリーのアルバムのレコーディングに参加したり、ギタリストのアッティラ・ゾラーを加えた自らのカルテットやチャック・ウェイン・トリオで活動もしました。一時期は、クラーク・テリー楽団に所属していたこともあるそうです。

こうしてフリードマンは、ニュー・ヨークで音楽関係の教育者やピアニストとしてジャズに従事し続けました。また親日家でもあった彼は我国でライブ活動を度々、実施しましが、2016年6月30日、ニューヨークのブロンクスの自宅で亡くなりました‥。

さて推薦盤ですが、これは間違いなく『サークル・ワルツ/Circle Waltz』となりますね。やはり、儚げでロマンティックなタイトル曲が素晴らしく、コール・ポーター作曲のスタンダード・ナンバー『ソー・イン・ラヴ/So in Love』のソロ演奏も絶品と思います。1962年5月14日にニューヨークにて録音された佳品で、メンバーはフリードマンに加えてチャック・イスラエル/Chuck Israels (b) とピート・ラ・ロッカ/Pete La Roca (ds)のトリオ。

他には、トリオ編成(ベースはディック・ケニス/Dick Kniss、ドラムスにはディック・バーク/Dick Berk)の『フラッシュバック/Flashback』(1963年録音)や1966年2月録音のアッティラ・ゾラー/Attila Zollerのギターを加えた『メタモルフィーシス/Metamorphosis』を挙げます。

更にたまたま知人から譲り受けた『サークル・ワルツ』以前の作品(初リーダー作)『A Day In The City – Six Jazz Variations On A Theme』が実は好盤でした。ある都会の夜明けから深夜までの1日を、ピアノ・トリオの演奏で表現した作品で、所々に現代音楽に近い展開がみられますが‥フレッシュな作風が好ましく思えました。

ちなみに現在私は所持していませんが、1995年にレコーディングされた『オールモスト・エヴリシング』というトリオでのアルバムも良作でした。ここでフリードマンは、抒情的なナンバーを朗々と弾きながらもフリー・スタイルの演奏もきっちりとこなしています。またメンバーは、ロン・マクルーア/Ron McClure (ベース)、 マット・ウィルソン/Matt Wilson (ドラム)となっています。

この人の内省的で抒情的なスタイルは誰もが高く評価し認めるところでありながら、必要以上に過小評価されている感じも強いですネ。名作『サークル・ワルツ』が偉大過ぎた故に、他作がその陰に隠れてしまった印象が否めません。

また、彼とよく比較されるビル・エヴァンスは、同じ理知的でリリシズム系のピアニストと云われながらもその演奏は意外に力強く明解な印象がありますが、フリードマンの場合は儚げで曖昧、そして物憂い感じが強いと思います。そしてそこの魅力を重んじる場合は、この人が断然「ふぇいばりっと」となるんですが、後年の彼は我国での活動も多く、そのライブを観た方に聞くと、実際の彼は非常にアグレッシブで感情のこもった白熱のプレイを見せてくれたそうです!

〈了〉

 

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