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【Jazz フェイバリット・ピアニスト、名盤この1枚】 その〈6〉 バリー・ハリス/Barry Harris 〈JKI00〉

バリー・ドイル・ハリス/Barry Doyle Harrisは、1929年12月15日に米国ミシガン州デトロイトで生まれました。彼の母親は教会のピアニストで、幼少期からその母親よりピアノの手ほどきを受けた云います。

1954年には、デトロイトの“ブルーバードクラブ”のハウス・ピアニストとなり、その後、マイルス・デイビス、マックス・ローチ、リー・コニッツらとも共演し、1960年にはニューヨークへと進出してキャノンボール・アダレイのクインテットに短期間在籍、他にはコールマン・ホーキンスやデクスター・ゴードン、ハンク・モブレーらとの演奏も経験しました。

以降、リー・モーガンの名作『ザ・サイドワインダー/The Sidewinder』にも参加し、他にも多くのバンドのサイド・メンとして活動しながら自らのリーダー作も録音しています。

1970年代には、ソニー・スティットの『チューン・アップ/Tune-Up!』と『コンステレイション/Constellation』の録音に参加したり、彼自身のトリオでのレコーディングを頻繁に行ないます。1982年にはニューヨークに「ジャズ・カルチャー・シアター」を設立します。定期的なジャム・セッションの実施やジャズ音楽に関する講座を開講、ジャズ・シーンへの有力な登竜門となり、世界各国の大学や教育機関から高く評価されました。

その後、2006年には、第48回グラミージャズ栄誉賞をオスカー・ピーターソンやハンク・ジョーンズと共に受賞しています。

バリー・ハリスはご存知、ハンク・ジョーンズやトミー・フラナガンらと共にデトロイト・ジャズ・シーンを形成していた仲間と云えます。この同郷のジョーンズ兄やフラナガンもバド・パウエルの影響を強く受けたパウエル派であり、その演奏スタイルは似ていました。

皆、サイドマンとして数多くのレコーディングに参加していることから、自らバリバリと弾いて自分の個性を強烈に主張するタイプでなく、共演者を引き立てながら全体の演奏を組み立てていくタイプであることも似ていましたが、それが3人共に“燻し銀”で“玄人受け”するミュージシャンとしての高い評価に繋がったと思われます。

強いてバリー・ハリスとジョーンズやフラナガンの違いを挙げるとすれば、常に詩情豊かで明るいスタイルのハンクやフラナガンよりも、時にハリスは激しくスイングし、強いドライブ感を表現することを厭わない点でしょうか。またある時には、その演奏はどことなく屈折した、暗くて深いブルージーなグルーヴ感を生み出してもいます。但しパウエルの様な極端な強引さやアグレッシブな響きは少なく、他のミュージシャンの演奏を取り込んで全体のバランスや調和を優先した上で、スムースにまとまる演奏を重んじていたと思います。

それでは推薦盤をご紹介しますが、『アット・ザ・ジャズ・ワークショップ/At the Jazz Workshop』をおススメのアルバムとしました。1960年録音のサンフランシスコの“ジャズ・ワークショップ”でのライブ盤ですが、パーカーの愛奏曲を中心にした選曲も素晴らしく、ハリスも正攻法で外連味(けれんみ)のない演奏で、バップ系ピアニストの真髄を存分に聴かせてくれます。共演者は、サム・ジョーンズ/Sam Jones(b)と、ルイ・ヘイズ/Louis Hayes(ds)です。

他として、1969年の『マグニフィセント!/MAGNIFICENT!』はパウエルのビバップ・スピリットを受け継ぎ、そこにハード・バップの音楽性も加えた快作。そしてハリスと共にジーン・テイラー/Gene Taylor(b)や リロイ・ウィリアムズ/Leroy Williams(ds)が好演している『プレイズ・ダッド・ダメロン/Plays Tadd Dameron』を挙げておきます。

バリー・ハリスは、セロニアス・モンクの影響を感じさせながらも、パウエルに近い響きを持った実力充分のバップ・ピアニストであり、ややもすると地味な印象が拭えませんが、紛れもないジャズ・レジェンドのひとりでした!

〈了〉

 

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