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【Jazz フェイバリット・ピアニスト、名盤この1枚】 その〈7〉エルモ・ホープ 〈JKI00〉

エルモ・ホープ/Elmo Sylvester Hopeは、米国のニューヨークで1923年6月27日に生まれました。本名はセント・エルモ・シルベスター・ホープ/St. Elmo Sylvester Hope、愛称は「Mo」。また、バド・パウエル/Bud Powelと幼馴染であったことは有名ですね。

彼の両親のサイモンとガートルードはカリブ海域からの移民であり、エルモの他にも数人の子供がいたと云います。 彼は7歳でピアノを弾き始め、当初はクラシック音楽のレッスンを受け、1938年にソロピアノのリサイタルコンテストで優勝しています。 ピアニスト仲間であるバド・パウエルとは幼なじみで、よく一緒にジャズやクラシック音楽を演奏したり聴いたりしていました。

ホープは音楽教育で有名だったベンジャミン・フランクリン高校に通いました。そこで彼は作曲についても学び、ジャズやクラシックの作曲もしています。

17歳の時、ホープは暴行及び強盗未遂事件に巻き込まれて警官から銃撃を受けて大怪我を負いました。その後、高校を中退した彼はダンスホールなどでピアノを弾いたりしていましたが、1942年になると友人のパウエルと共にセロニアス・モンクと出会い、3人は多くの時間を一緒に過ごす仲になります。

1943年3月、ホープは軍隊に入隊し、除隊後には主にリズム&ブルースのバンドで数年間にわたり演奏していました。この為、この期間は折からの初期のビ・バップシーンの洗礼を受けることはありませんでした。1947年後半にトランペット奏者のエディ・ロビンソン/Eddie Robinsonが率いるオクテットに加入、1948年から1951年まではジョー・モリス/Joe Morris楽団と長期的な契約を結び幾つかの録音に参加しています。ちなみに当時この楽団には、ジュニー・グリフインやパーシー・ヒース、フィリー・ジョー・ジョーンズらが在籍していました。

その後、1953年6月にBNで録音された『ルー・ドナルドソン・ウィズ・クリフォード・ブラウン/Lou Donaldson With Clifford Brown(New Faces, New Sounds』に参加。メンバーはクリフォード・ブラウン(tp)、ルー・ドナルドソン(as)、J,J.ジョンソン(tb)、パーシー・ヒース(b)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)と云う錚々たる顔触れでした。そしてこのアルバムは、ジャズ批評家のマーク・マイヤーズによれば、まさしく「ハードバップ」の先駆けであったされています。 またこの録音に参加したことでホープはアルフレッド・ライオンとの知己を得て、その後にブルーノート・レーベルでのリーダー作の吹き込みを行うことに繋がりました。

以降、1956年まで自身のリーダー作以外にも多くの録音に参加していますが、1956年に麻薬問題とそれに関連する犯罪歴によりニューヨーク市のキャバレー・カードが没収されてしまいます。市内のバーやクラブでのプレーが許可されなくなり、ホープは已む無く翌年1957年になると、チェットベイカーとのツアーに加わり、そのまま西海岸のロサンゼルスに移住しました。ソニー・ロリンズと共演したり1959年にはライオネル・ハンプトンと共に演奏したりもしています。またこの地でも自らのリーダー作を録音していますが、1960年にはロサンゼルスで知り合ったピアニストのバーサ・ローズモンド/Bertha Rosamondと結婚しました。

その後、西海岸のジャズ・シーンに失望したホープは、再度ニューヨークへと戻りますが、1961年にはニューヨークで4枚のアルバムを録音し、自身のソロ・ピアノと妻のバーサ・ホープ/Bertha Hopeとのピアノ・デュオを収めた『ホープ-フル/Hope-full』も吹き込んでいます。

以降、1965年になり、ホープはニューヨークでトリオやカルテットを率いていて活動を続けていましたが、薬物被害による健康の悪化はプレーの継続を困難なものとし、翌1966年には最後の録音が行われました。そしてホープは1967年に肺炎で入院し、数週間後の5月19日に心不全で死亡しました。

エルモ・ホープを幼友達で親しき音楽仲間であったバド・パウエルと比べると、ふたりは間違いなく共通の演奏スタイルとジャズ・スピリットを持っていたと考えられますが、エキセントリックなまでに自己の奏法の確立を追求したパウエルとは異なり、ホープのそれは一種の落ち着きを伴って自らを表現していたように感じます。卓越した技巧に走るのではなく、繊細さと協調性やバランス感覚にウエイトを置いた一見凡庸ともみえるその姿が、誤って世評の低下を招いたと思われて残念です。尚、米国のジャズ界では、一般的にはホープはハービー・ニコルズ/Herbie Nicholsと比較されることの方が多いとされています。

しかし、彼が大変な奇人であったと言われることも少なくありません。また作曲においては非凡な能力をみせ、ややもするとその難解さ故に、共演者が彼の楽曲をよく理解出来ぬままに演奏しなければならない事が多かったとも伝わります。

さて彼の推薦盤ですが、まったく個人的な思い出から1961年リヴァーサイド録音の『ホームカミング!/Homecoming!』を選びましたが、このアルバムは私が彼のレコードの中で最初に入手したものだからです。ホープの、故郷ニューヨークに帰還した嬉しい気持ちがよく表れている作品。トランペットにこれまた私の好きなブルー・ミッチェルを迎え、サックス陣はJ.ヒースにF.フォスター、ベースとドラムスは長年の盟友のパーシー・ヒースとフィリー・ジョー・ジョーンズです。

他には、BN録音の『イントロデューシング, エルモ・ホープ・トリオ/Introducing, Elmo Hope Trio』や『エルモ・ホープ・クインテット/ELMO HOPE QUINTET』、『メディテイションズ/Meditations』(プレスティッジ)、同じくプレスティッジの『インフォーマル・ジャズ/Informal Jazz』、そして西海岸で吹き込んだ『エルモ・ホープ・トリオ/WITH FRANK BUTLER AND JIMMY BOND』(HiFi-Jazz)を挙げておきます。

人によってはつまらなく思えるのでしょうが、私には必要以上に技巧に走らず、また決められたルールを逸脱せずに、常に律儀でストレートなその演奏スタイルが誠に好ましいピアニストでした!

〈了〉

 

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