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【ふぇいばりっと・ぴあにすと、名盤この1枚】 その〈14〉 ローランド・ハナ/Roland Hanna 〈JKI00〉

ローランド・ハナ/Roland Hanna は、1932年10月2日に米国のミシガン州デトロイトに生まれ、2002年11月13日に亡くなったジャズ・ピアニストです。

父親に幼少の頃からピアノを習い、11歳以降、本格的にクラシックの英才教育を受け始めます。そしてこの頃、ローランド少年はクラシックピアノの天才児としてショパンやモーツァルト、ベートーヴェンなどをガンガン弾いていたとも‥。ちなみに、彼がジャズミュージシャンへの道を歩んだのは、同郷デトロイト出身のトミー・フラナガンの影響とも云われていますが、その後、青年期に入るとイーストマン音楽学校、ジュリアード音楽院で学び、1940年代の後半からはプロのピアニストとなり、その演奏には格調高く洗練されたクラシック音楽の素養以外に、黒人特有のリズム感、ブルースやゴスペル、ソウル音楽などの野性的で素朴な要素も加味されていきます。こうして幅広いスタイルと豊かな表現力など、全てにおいてバランスのとれたピアニストに成長していきました‥。
さて兵役を終えた後、1958年にベニ-・グッドマンの楽団に加入、チャールズ・ミンガスのコンボを経て、自己のトリオを率いて幾つかの録音を行い、1959年には代表作である『イージー・トゥ・ラヴ』を吹き込みました。
1967年にはサド・ジョーンズ=メル・ルイス楽団へと入団します。1974年、NYジャズ・カルテットをフランク・ウェス等と結成した後、サラ・ボーンのカルテット、ミンガス・ダイナスティ等に参加しました。そしてこの1970年代以降には、我国のレコード会社に多くのアルバムを残しています。
彼は、クラシックから学んだテクニックをベースにしながら、極めて端正で趣味の良いピアノを弾く人でした。そのタッチは常に堅実、そしてフレーズはいつも優雅なものでした。破綻が無いことが個性であり、強烈なインパクトや手癖・弾き回しのある演奏は行わないピアニストでした。
推薦盤は勿論、『イージー・トゥ・ラブ/EASY TO LOVE』(ATCO、1959年9月25日録音)となるでしょう。共演メンバーは、ベースが名手ベン・タッカー/BEN TUCKER、ドラムスがロイ・バーンズ/ROY BURNES。「ザッツ・ジャズ・ピアノ」とでも云うべき、これこそがピアノ・トリオの王道アルバム!
他には、『デストリー・ライズ・アゲイン/Destry Rides again』や『ミラノ、パリ、ニューヨーク/Milano Paris Newyork』、『オアシス/NY.ジャズ・カルテット』等を挙げておきます。
ところでローランド・ハナ は “Sir” の称号を受けていますが、これは歴史ある英国などの貴族制度に則って叙爵されたものではなく、リベリア共和国の大統領から授与されたもので、(失礼ながら)大して権威のあるものではないみたいです(笑)
〈終〉

 
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