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【歴史雑学】紋章と家紋  〈JKI00〉

欧州地域での紋章の起源には諸説あるが、その有力なひとつには、凡そ12世紀ごろに騎士たちの顔を覆う武具の発達で視認性が低下、その為に敵味方の識別を目的として盾に目立つ文様を描いたのが始まりとされる。

この為、初期の紋章は騎士たちの個人的な好みが強く反映されていたが、やがて特定のデザインに集約・固定化されて、家系の代々にわたり世襲されていくことになる。戦闘時の彼我の認識票の役割から、その騎士や家系の権威の象徴へとその意味や性格も変容、価値も上昇していった。

この様に西洋の紋章制定のきっかけは、自己と他者を区別する認識票が原点だったので、職業・植物・動物・建造物・品物・天体などあらゆるものが紋章化された結果、その種類や数は膨大なものとなった。但し、初期に欧州地域で成立した紋章には、遊牧/牧畜社会を背景とした動物紋が多い様である。

一方我国の家紋は、家の独自性を示す固有の紋章として発達し、公家の場合は名字/姓を表すものとしての要素が強かったが、武家の場合は当然乍ら欧州地域と同様に戦闘時の識別目的もあった。

また平安時代後期に成立したものが多いことから、発生時期的には西洋の紋章と近いものがる。種類は我国一国で比べると西洋全体と比較してはるかに少ないが、約5,000種超、細かなヴァリエーションも含めると2万近くの種類が確認されている。

我国では主に植物をデザイン化したものが多く、動物紋は限られており、雁、鶴、鳩などの鳥類や鹿・蝶など比較的穏やかでおとなしいものばかりであるが、これが欧州や他の地域だと虎や鷲など強く猛々しい動物が好まれ、更に龍やユニコーンなどの想像上の生物も多く採用されている。

日本の場合は農耕文化が基盤であったことが家紋の成立過程で強く影響した事を表しており、その風土の特色がよく反映されているのだ。また欧州の紋章が、強い自己主張故に色彩豊かであることと比して、我国の家紋は戦国期の一部を除き、あまり派手なものはなく、色使いは限られており、むしろ地味と云ってよいだろう。そこには、まさしく文化的な背景が色濃く影響しているのだ‥。
尚、ウィキペディアによると、「紋章が持つべき最低限の要件は、個人を識別できるよう全く同じ図案の紋章が2つ以上あってはならないことと、代々継承された実績を持つ世襲的なものであることの2点であり」、「厳密な意味では、紋章と呼べる要件を満たしているものはヨーロッパと日本にしか存在しない」とのことである!

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